〜[ゼロとシエルとアルエット] ロックマンゼロサイドストーリー23〜
レジスタンスベースの内部はしんと静まり返っていた。いつもは誰かしら行きかっている廊下も、今は人影すらなかった。アルエットは廊下に寄りかかり、じっと座り込んでいた。 「アルエット、ここにいたのね」 アルエットを見つけたシエルが息をきらして駆け寄ってくる。 「もう出発の時間は過ぎてるのよ。あなたが来ないから、みんな心配してるわ」 シエルはアルエットの手を引っ張って立たせると、そのまま手を引いて連れて行こうとする。 「さあ、行きましょう」 だが、アルエットは踏ん張ってその場を動こうとしなかった。 「もう…どうしたの?」 シエルはアルエットの顔をのぞきこんだ。 「どうしても…」 アルエットは口を開く。 「どうしても、ここを出て行かなきゃいけないの?」 そう言って、アルエットは目を伏せた。 「あとちょっと…。もうちょっとだけ…待ってれば……」 だがシエルは首を振る。 「このまま、ここでゼロを待ち続けるのは危険だわ」 それを聞いたアルエットは悲しそうな顔をする。 アルエットにとって、世界中でここが一番大切な場所だった。シエルたちと暮らしてきた大事な我が家だった。それなのに、出て行かなければならないなんて…。そう思うと、とても悲しかった。 「私、ここを離れない…」 アルエットはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、シエルから目をそらした。 「アルエット…。あんまり困らせないで……」 普段は素直なアルエットがここまで意地になるところに、アルエットの深い悲しみが感じられる。シエルは胸が締め付けられる思いがした。 「だって、ゼロが帰ってきて…、ここに誰もいなかったら、ゼロ、悲しむよ……」 アルエットは切々とシエルに訴える。 「私、いつも、ここでゼロを待っていたの。ゼロといつも、ここでお話ししていたの…」 アルエットがいつもうろついていた廊下のこの場所は、アルエットにとって、ゼロとの思い出がある特別な場所だった。 「それに約束したもん」 アルエットは小指を立てて突き出した。 * * * 「ゼロ、また戦いに行くの?」 ゼロがネオ・アルカディア本部へ乗り込む前のときのことだった。 「ああ」 ゼロは短く答える。アルエットはぬいぐるみを抱きしめたまま、ゼロをじっと見つめていた。 「わかってる…。私たちみんなのために、ゼロは戦いに行くこと…。ゼロが戦ってくれてるおかげで、私たち、みんな希望を持てたから……」 そこまで言って、アルエットは口をつぐんだ。ネオ・アルカディアの総攻撃を受けて以来、レジスタンスベースは、緊張した重苦しい空気が漂っている。その緊迫ぶりは、幼いアルエットにも伝わってきていた。 「ゼロ、また帰ってきてくれるよね」 アルエットはゼロの手をぎゅっと握った。 「どこにも行かないで…。私たちとずっと、ここにいてくれるよね」 ゼロに腰に手を回してしがみつくと、アルエットは切ない声で言った。もう会えないような気がして、たまらなく不安だった。ゼロがいなくなったら…ゼロが帰ってこなかったら……。そう思うと、アルエットはとても悲しい気持ちになった。 「ゼロ、人間だったらこんな時涙を流すんだって……」 ゼロは自分にしがみつくアルエットの頭をそっと撫でてやる。しばらく抱きついた後、アルエットはゼロから身を離すと、小指を差し出した。 「約束して…」 ゼロはしばらくはずっと無言でアルエットを見つめていたが、やがて言った。 「ああ」 ゼロはアルエットの小指にそっと自分の小指をからめてやる。アルエットは照れ笑いを浮かべた。 「そろそろ行く」 短く言うとゼロは身をひるがえす。 「待ってるから…。ゼロが帰ってくるの、ここで待っているから……!」 アルエットは立ち去るゼロに向かってそう言った。 * * * 「そうだったの…」 そう言いながら、シエルはアルエットの頭を優しく撫でる。 「だから、私はここにいないといけないの。ゼロと約束したから……」 アルエットの気持ちはシエルには痛いほどよくわかる。だが、今はアルエットの健気な気持ちを応援することも見守ってあげることもできない。 「気持ちはよくわかるわ…。でもね、ゼロは多分…ここには戻ってこないから…」 「どうして?」 思わずアルエットは悲痛な声をあげる。 「なんで、そんな意地悪言うの? ゼロは戻ってくるわ! シエルお姉ちゃんだってそう思うでしょ?」 「アルエット…」 シエルは言葉を詰まらせる。なんと返答していいかわからなかった。 「ごめんなさい…。私…、私……」 自分がシエルを困らせていることに気づいたアルエットは顔を伏せる。 「シエルお姉ちゃん、教えて。ゼロは…、本当は今、どうしてるの?」 「アルエット?」 アルエットは真剣な目でシエルを見つめた。 「知ってるんでしょう? お願い、教えて。私、知りたいの。シエルお姉ちゃん優しいから…私が傷つくと思って、戦いのことを絶対教えてくれなかったの…知ってた。でも私は…ゼロがどうなってるか、知らなくちゃいけないの」 アルエットの言葉を聞いてシエルは驚く。今までシエルは、アルエットに余計な不安を抱かせまいと、戦いの情報をアルエットに教えるのは避けていた。 『ネオ・アルカディアにいた頃は、自分の存在価値なんて考えたこともなかったけど、シエルお姉ちゃんに出会ってね、私…なんだか全てが変わった気がするの』 以前、アルエットはシエルにこんなことを言った。その言葉から、ネオ・アルカディアからイレギュラー判定されたアルエットの悲しい過去がうかがえた。 出会った当初、アルエットはなかなか心を開いてくれず苦労した。ようやく心を開いてくれて打ち解けた後も、アルエットはネオ・アルカディアにいた頃のことは話したがらなかった。シエルは無理に聞こうとしなかった。アルエットにとって、辛いことを思い出させるだけだし、あまりにも純粋なアルエットの心を傷つけたくなかったから。だから、シエルは自らが防波堤となって、アルエットを戦いから遠ざけ、守り続けてきた。 だが、今、目の前にいるアルエットは覚悟を決めている。何も知らずにただ守られるだけではなく、事実を受け止めて、自分なりに少しでも前に進もうとしているのだ。 アルエットを信じてあげなければ…。シエルもまた決意して話し始めた。 「わかったわ。今、わかってることを教えるわ。ゼロは今、ネオ・アルカディアの追撃から、戦いながら逃げ続けているの…」 ゼロによってネオ・アルカディアを統治していたコピーエックスが破壊され、エリアXは崩壊した。 だが、ネオ・アルカディアの対策プログラムによって、ゼロはすぐさま追われる身となり、絶え間なく吹き荒れる、赤錆びた砂嵐の只中に追い込まれた。その砂嵐はただの砂嵐ではなく、ゼロの視界を奪い、ECM効果やレプリロイドを麻痺させるマイクロ・マグネットマインを含む化学兵器であった。そのため、ゼロはシエルとも連絡をとることもできず、ひたすら敵の追撃をかわし逃亡する日々を余儀なくされていた。 シエルはゼロがいない状態で、このまま半壊したレジスタンスベースで待ち続けるのは困難だと判断し、レジスタンスベースを捨てて逃亡することを決めたのである。 「ゼロは今でも一人で必死に戦っている…私たちのところに帰るために」 そこまで言って、シエルは暗い顔をする。今も一人で戦っているゼロのために、何もできない自分の無力さをふがいなく思った。 「アルエット」 シエルはぎゅっとアルエットを抱きしめた。 「私はゼロを信じているわ。信じているからこそ、今はここを出て行くのよ」 「シエルお姉ちゃん…」 アルエットの肩口に顔を埋めて、シエルは話し続ける。 「ゼロは絶対にあきらめない…。だから、私も絶対あきらめない…」 まるで自分に言い聞かせるかのようにシエルは言った。 ネオ・アルカディアがゼロを処分したとの情報は入ってきていない。あれからネオ・アルカディアからの攻撃も少なくなった。それはネオ・アルカディアがゼロを追撃するために、こちらに戦力を回す余裕がないからではないのか。とりあえず今のところは、ゼロはまだ生きている。シエルはそう考えていた。 「ゼロは必ず、私たちのところに帰ってきてくれる…。今の私たちにできることは、ゼロに余計な心配をかけないことなの。そしてここを出て、新しいレジスタンスベースを作るの。そこで、ゼロが帰ってくるのを待つのよ」 「シエルお姉ちゃん…」 シエルはアルエットから体を離すと、にっこりと微笑んで見せた。 「だから、アルエットも一緒に行きましょう。こんなところで一人で待っていたら、ゼロもきっと心配するわ」 それを聞いたアルエットはようやく首を縦に振った。 「わかってくれたのね」 シエルはアルエットの頭を優しく撫でる。 「シエルお姉ちゃん、ゼロのことが好き?」 「ええ、大好きよ」 ゼロのことを思い出しながら、シエルは顔を赤くして嬉しそうにはっきりと答えた。 「私もゼロのこと、好きだよ。だから私も…シエルお姉ちゃんのように、ゼロのために何かしたいの。私も一緒にがんばる」 アルエットは両手を握るポーズをとってみせた。 「アルエット…!」 自分が守ってきた小さな少女は、ゼロを、そして自分を支えようとしてくれている。シエルはその健気さが嬉しくて、アルエットを再び抱きしめた。 「シエルお姉ちゃん。新しいお家ができても、いつかまた、ここに戻ってくることもできるかな」 「もちろんよ」 シエルは即答する。 「ゼロが帰ってきたら、一緒に戻ってくるといいわ。転送装置を使えばあっという間よ。でも、今はまだ、そのときじゃない。肝心のゼロがいないんだから」 「うん」 アルエットはシエルに手を引かれながら歩き出した。 * * * アルエットはトレーラーに乗りこむと、後方の窓から顔をのぞかせて、レジスタンスベースを見ていた。トレーラーは音をあげてゆっくりと走り出す。次第にアルエットの視界から、住み慣れたレジスタンスベースが遠ざかっていく。 「アルエット」 後方にやって来たシエルは、窓から外を見続けているアルエットの肩を優しく抱いた。アルエットはシエルの顔を肩越しに見て微笑んだ。 また、戻ってくるからね。ゼロと一緒に必ず。だから、それまで待っててね。アルエットは遠ざかるレジスタンスベースに心の中でそう約束を告げた。 [ END ] Thank you for reading♪(^^) ロクゼロ1直後の話です。 アルエットにとっても、シエルにとっても、レジスタンスベースは大事な居場所であり、大事な我が家。 そんな住み慣れた場所を出ていかなければならないときの気持ちはどんなものだったのか… と思いながら書いた話です。 ロクゼロ2でアルエットは 『こっちに来てから シエルおねえちゃん どこかちょっぴりさびしそう… わたし、オンボロでも むかしのレジスタンスベースのほうが すきだったな…』 と話していたので、やはり思い入れのある場所だったのだと思います。 |