― いつか未来で ―

〜[ゼロとシエルとアルエット] ロックマンゼロサイドストーリー20〜



 衛星砲台「ラグナロク」を墜落させることで地上の破壊を企んだ悪の科学者ドクター・バイルは、ゼロの攻撃を受けて、呪いの言葉を吐きながらラグナロク・コアもろとも爆発した。まばゆい閃光がゼロの視界を覆い、同時に衝撃を受けて体が吹っ飛ばされる。ラグナロクが崩壊していくのを感じながら、ゼロの意識が遠のく。ぼやけた意識の中で今までの出来事が映像のように次々と流れ続けた。アルエット、セルヴォ、イロンデル、ルージュ、フォコン、そしてレジスタンスベースにいる仲間たちの顔が浮かんでは消えていく。
『ゼロ、いつか話したこと覚えてる?』
 シエルの声が聞こえて、シエルの顔が意識に浮かんだ。
『新しいエネルギーの開発に成功したら、みんなをつれて遠い所に行って、そこで平和に楽しく幸せに暮らすって。そうなったら、ゼロも一緒に来てくれるよねって…』
 旧レジスタンスベースにいた頃、シエルがゼロに話した会話だ。
『新エネルギーも完成したし、この戦いが終わって落ち着いたら、一緒に暮らさない?』
『今と変わらないと思うぞ』
 ゼロがそっけなく言うと、シエルはちょっとすねたような顔をして話し続けた。
『そうだけど…。これからもずっと、おばあちゃんになるまで一緒にいたいなって。だってゼロ、戦いが終わったら、どこかへ行ってしまいそうな気がして……』
 ゼロは眠りから目覚めて以来、未来のことを真剣に考えたことはなかった。ただ漠然と目の前の状況に対処することで生きてきた。
 自分はずっとイレギュラーハンターとして、戦いの中に身を置いてきた。そんな自分に平和な生活を送ることができるのかどうかわからないが、やってみたいと思うようになっていた。
 だが結局、自分は戦いの中に生き、戦いの中で死ぬ運命だったのか。ゼロはそう思った。
 そのとき、またシエルの声が聞こえてきた。
『ゼロ…あなたは私を…私たちを信じて戦ってくれた…。だから…今度は私たちがゼロにこたえなくちゃいけない…。見ていて…ゼロ…みんなを…きっと幸せにしてみせるわ…』
 エリア・ゼロの森に立ち、空を見上げるシエルの姿が浮かんだ。
『人間とレプリロイドが手をとりあえるような…平和な世界を見せてあげる…。だから…ゼロ…絶対帰ってきて…。私は…あなたを………ゼロを信じてる………!』
 シエルはゼロにそう語りかけている。ゼロは自分を慕う少女の悲しみと決意を秘めたまなざしを見て心が痛んだ。
(もう少しだけ、あいつの傍にいてやりたかったな)
 ゼロはそう思った。
『ゼロ…。ゼロ……』
 ゼロの意識に別の声が聞こえてきて、シエルの姿がかき消えた。
 声に呼ばれたゼロが目を開けると、果てしなく広い空間にいた。どこまでも続く、何もない空間だった。
 ゼロがどうしたものかと立ち尽くしていると、やがて遠くの方から光が見えてきた。どんどんゼロに近づいてくる。
『ゼロ…』
 声は光から聞こえてくる。聞き覚えのある懐かしい声だった。ゼロは光が誰なのかすぐにわかった。そして自分を迎えに来たのだと。
「オレは…まだ行くことはできん」
 ゼロは静かに、だが有無を言わせない口調ではっきり言った。
『…心残りがあるんだね』
 光は人型となり、エックスの姿に変わった。
「ああ」
 ゼロはうなずく。
『君はまだ…とどまることもできる。いずれボクみたいにいられなくなってしまうけど、それまではこっちに来るのも来ないのも、君の自由だよ』
「どうしたらいい?」
『頭の中に思い描いてみて。君の帰りたい場所、会いたい人のことを』
 そう言って、エックスはふわりと微笑んだ。
「エックス…」
 ゼロはエックスを見つめた。
『ボクのことは気にしないで。遅かれ早かれ…それだけの問題だから。心残りがあって、それでいて、あっちにとどまることができるなら、そうした方がいいよ。いずれ時が来れば、こうしてまた会えるから』
 ゼロは口元に笑みを浮かべると、エックスを引き寄せ抱きしめた。エックスもゼロを抱きしめ返す。長い抱擁の後、ゼロは身を離すと目を閉じた。


  * * *


「シエル、お客さんだぞ」
 セルヴォに連れられて、ネージュがシエルの研究室に入ってきた。
「ネージュさん、久しぶり」
 シエルは椅子から立ち上がると、ネージュを笑顔で迎えた。
「最近集落の方に来てくれないから、こっちまで来ちゃった」
「ごめんなさい。今、新しい研究で忙しくて…」
 シエルの机の上には、研究に必要なデータディスクや資料が山のように積まれている。
「相変わらずせわしないわね。無茶するのはいいけど、そのうち体につけがくるわよ」
 ネージュはシエルの肩をぽんぽんと叩く。そのときになって、シエルはネージュが背負うバックパックに気づいた。
「どこかへ行くの?」
「ええ。しばらく留守にするから、出発前に挨拶に来たの」
「旅行?」
「取材よ。集落もだいぶ落ち着いてきたし、今必要なのは復旧と子供の世話。それに関しては、私は専門外だしね。だから、本来の仕事に戻ろうと思うの」
 ネージュは笑いながら肩をすくめた。
 現在、人間とレプリロイドはエネルギーや水道食料プラントをネオ・アルカディア跡地に頼りつつも、大多数は崩壊したドーム都市から周辺へ居を移していた。エリア・ゼロに移住してくる者たちも少なくない。それにともない出生率も増加し、集落ではベビーブームの真っ只中にあった。パンテオンのような治安維持用のレプリロイドですら、今では復旧作業と子供の世話に携わっている。
「シエルさん、新しい研究に取りかかるんですって? セルヴォさんから聞いたわ」
「ええ。人間とレプリロイドの完全な平等…というか、隔たりをなくすためのね」
 ネージュは目をぱちくりさせる。
「以前と比べれば、人間とレプリロイドは歩み寄れたけど、やっぱり隔たりがあるでしょ。寿命とか…」
 実際、アンドリューのように人間の娘と恋に落ちたものの、相手に先に死なれて悲しい思いをしたレプリロイドもいる。
「人間とレプリロイドが本当の意味で平等になれるように、科学の力で何かできないかなって。だから、人間がレプリロイドみたいに機械の体を持つとか、レプリロイドが寿命を持つとかしたらいいんじゃないかって考えてるの」
「なるほどね…」
「まだ試行錯誤の段階だけどね。この研究は他の科学者たちと連携して進めていこうと思うの。なんなら私が被験者になってもいいし」
 さらっとすごいことを言ってのけるシエルを、ネージュはまじまじと見つめた。
「言ってる意味、わかってるの?」
「ええ。でも失敗はないわよ。だって、私も研究に携わってるんだから!」
 シエルは胸をはった。ネージュはそれを見てくすっと笑う。シエルはゼロが戻ってこなくて、皆の前では明るくふるまっているものの、裏ではかなり落ち込んでいた。そんなシエルがここまで明るくなったことに安心した。
「がんばってね」
「ネージュさんも」
 シエルとネージュはがっちり握手して互いに微笑んだ。


  * * *


 タイマーのアラームが鳴り響き、時間を告げる。ディスプレイに向き合っていたシエルは慌ててタイマーのアラームを止めた。
「もうこんな時間」
 シエルはパソコンをシャットダウンして立ち上がると、白衣を脱いで椅子にかける。いそいそと着替えて出かける準備をする。
「アルエット、アルエット」
 シエルは後ろのベッドに座ってうとうとしていたアルエットに声をかける。
 そのとき扉の向こうから声が聞こえた。
「シエル、入っていいかい?」
「あ、どうぞ」
 シエルが答えると、扉が開いてセルヴォが入ってくる。
「出かける時間だぞ」
「ええ」
 セルヴォはシエルの姿を見て微笑んだ。シエルはピンク色の可愛らしいワンピースを着ていた。
「この間、ロシニョルに作ってもらったの。もっとおしゃれしなさいって」
 シエルははにかむように微笑んだ。
「せっかくだから、ゼロにも見てもらいたいな…って思って」
「そうか。気をつけて行ってくるといい。ゼロによろしくな」
「ええ」
 シエルはアルエットが傍に来たのを確認して、簡易転送装置を作動させた。


  * * *


 シエルとアルエットが転送した先は忘却の研究所だった。オメガの爆発の余波で建物の一部は損壊しているものの、元々構造がしっかりしていることもあって、大部分は無傷で残っていた。
 シエルとアルエットは建物に入ると、がらんとした広い通路を進んでいった。天井の非常灯が青い光を放っている。いくつもの部屋の前を通り、一番奥の部屋に入った。
 扉が開く音を聞いて、ソファに寝転がっていた人物が起き上がり、入ってきたシエルとアルエットを見つめる。
「ゼロー」
 アルエットはぱたぱたと駆け寄り、ゼロの膝の上にちょこんと座って背中越しに見上げる。
「どう? このワンピース」
 シエルはゼロの前に立つと、モデルみたいにくるっと一回りしてみせる。だが、ゼロの返答はそっけないものであった。
「そんなことオレに聞いて、どうしようっていうんだ」
「もう…」
 予想していた反応とはいえ、シエルは腰に手をあててむっとした。
 気を取り直してシエルはそのままゼロの隣に腰を下ろした。これからがシエルにとって一日の中でもっとも大事な時間だった。


 ゼロに平和な世界を見せると誓い、人前では気丈にふるまっていたが、シエルはゼロが戻ってこなかったショックからなかなか立ち直れなかった。
 その日もシエルはゼロとの思い出に浸りたいために、忘却の研究所へ来ていた。日没の時が来ても、シエルはなかなか帰る気持ちにならず、一人で佇んでいた。雨が降り出して、凍てつくような雨に濡れても立ち尽くしていた。
 すると研究所の中からゼロが現れたのだ。
『…風邪ひくぞ』
 いつもの無表情でぶっきらぼうにそう言って、シエルの肩に手をのせた。


 今のゼロはサイバーエルフと同じだった。
 ゼロが言うには、レプリロイドは死んだらその魂は向こう側の世界――サイバー空間に行く。だが猶予があるうちは、こちら側にとどまることもできる。だから、とどまれるうちはとどまることにしたという。
 サイバーエルフとなったゼロはどこにも行くことはできた。サイバー空間も彼を待っている。だがあえてそうしなかった。この研究所にとどまり、気が向いたらエリア・ゼロやレジスタンスベースへ赴き、遠くから様子を眺めたりしていた。
 サイバーエルフはレプリロイドには見たり触ったりできるが、通常、人間にはそれは不可能である。だが、シエルはサイバーエルフと心を通わせることができる。だから人間でありながら、ゼロを見ることができた。シエルがつけているゴーグルや手袋を使えば、人間でも直接サイバーエルフを見たり触ったりできる。シエルはネージュたちにそれを貸して、ゼロとネージュたちを会わせてあげようとしたが、ゼロはそれを断った。
 人間とレプリロイドは、伝説の英雄の死、ネオ・アルカディアという理想郷の崩壊を乗り越えて結びついた。
(今さらオレが出てきても出てこなくても、たいして変わらんだろう)
 ゼロは今さら表舞台に出たくないようだった。
 シエルはゼロの意思を尊重することにした。こうしてゼロが戻ってきて、一緒に過ごせるだけで十分幸せなのだから。
 ゼロがサイバーエルフとしてまだ存在していることを知っているのは、シエル、アルエット、セルヴォだけだった。セルヴォとアルエットには事情を話し、夜の外出は三人だけの秘密にしていた。元々シエルは研究に没頭して部屋に引きこもることが多かったので、怪しむ者もいなかった。シエルが留守中はセルヴォがうまくごまかしていた。
 それからというもの、シエルは夜の出会いを一日たりとも欠かさなかった。もしかしたら一日でも会うのを欠かしてしまったら、ゼロはいなくなってしまうかもしれないと恐れを感じたからだった。
 できれば一日中一緒にいたいが、シエルにも科学者としての仕事や研究がある。研究に必要な機材はレジスタンスベースの研究室にあるため、長く離れることはできなかった。
 ゼロにレジスタンスベースに来ることを提案したのだが、ゼロは忘却の研究所にいたいと言ってゆずらなかった。かといって、シエルがわざわざ忘却の研究所に研究室を移したら、レジスタンスたちも何人かついてくるだろう。そうなれば、ゼロのこともばれてしまう。
 なによりも、ゼロとのささやかな時間を邪魔されたくないという気持ちもあった。


  * * *


「今日はね、エリア・ゼロの集落に行って遊んできたんだよ」
 ソファに座ったアルエットは足をぱたぱたさせながら、今日の面白いことをゼロに話した。ひとしきり話すと、アルエットは疲れて眠ってしまう。
 アルエットが寝てしまったら、ゼロとシエルは映画のディスクを観たり、ゲームをしたり、忘却の研究所の周辺を散策したりした。
「…この映画、最悪につまらん」
 映画を観終わった後、ゼロはぼそっと言った。
「すれ違うなど、二人の間の愛が足らんからだ」
「でも、そういったことを乗り越えるからこそ、ラストは感動するんじゃない」
 しばらくの間、映画の感想や批評を言い合うと、シエルは別のディスクを取り出す。
「じゃあ次はこれにしましょう」
「できれば恋愛もの以外にしてくれ」
 ゼロは憮然と腕組みをした。
 そして夜がふけると、部屋にあるベッドで眠る。朝になったらレジスタンスベースへ戻る。そんなことをしながら一年が経過していた。
 シエルにとっては一日の中で大事な時間であり、心安らぐ時間であった。戦いの中で夢見てた時間。ゼロと平和な世界で一緒に暮らす。実際は少々違う形だったが、ゼロと過ごすこの時間はもっとも心地よく、とても愛おしい。このまま時間が止まってしまってもいいとさえ思っていた。


  * * *


「お前、また背が伸びたな」
 ゼロが何気なく言った言葉に、シエルは戸惑いうつむいた。
「…そうね」
 シエルも成長していく。時間は決して止まってなどいない。ゼロとの時間はいつまでも続いてほしいといつも思っていたが、ゼロもいずれはこちら側にいられなくなって、この時間は終わりを告げてしまう。シエルは現実を痛感した。
 しばらく沈黙が続く。シエルは話題を変えようと口を開いた。
「ねえ、ゼロ。戦争が終わって、人間とレプリロイドが仲良くなって世界は平和になったのに、イレギュラーがいなくならないのは何故かしら」
 バイルとの戦いが終わり、人間とレプリロイドは歩み寄り平和になった。だが、レプリロイドのイレギュラー化はなくならず、イレギュラーはいまだに発生している。
「わからん」
 ゼロらしい返答だった。シエルは苦笑しながら続ける。
「だから、私…イレギュラー発生の原因を突き止める組織を作ろうと思うの。そしてイレギュラーから人間とレプリロイド…みんなを守るの。私一人じゃ無理だから、レジスタンスのみんなにも手伝ってもらって…。でも、この組織をレジスタンスって呼ぶのも変よね」
 レジスタンスは、レプリロイドを弾圧するネオ・アルカディアに抵抗運動をする組織としての呼び名である。
「新しい組織の名前…ゼロが考えてくれないかしら」
 シエルはゼロに頼んだ。それを聞いたゼロはしばらく考え込む。シエルはじっとゼロを見つめている。しばらくして、ゼロが口を開いた。
「…ガーディアン」
「ガーディアン…「守護者」という意味ね」
「ああ」
 ガーディアンとは守護者という意味を持つ。イレギュラーから人間とレプリロイドを守る組織の名前として、これ以上ふさわしいものはなかった。
「ありがとう」
「これからはお前たちが守ってやれ」
「ゼロ…」
 それを聞いたシエルは複雑な気持ちになる。今のゼロは魂だけの存在、サイバーエルフだ。昔のように前線に立って戦うことはもうできないのだと痛感し、とても寂しく感じた。
「じゃあ私も!」
 いつのまに起きたのか、アルエットは二人の会話に割り込んできた。
「私も一緒にがんばるよ」
「無理だ」
 ゼロの冷ややかな視線を受けて、アルエットはぷうと頬をふくらませる。
「できるもん。シエルおねえちゃんを手伝うもん」
 アルエットはむくれながら抗議していたが、突然、いいことを思いついたように手をたたく。
「じゃあ私、大人になるわ。シエルおねえちゃんにおっきくしてもらうの。アンドリューおじいちゃんみたいに」
 アルエットが老婆の姿になった姿を想像し、ゼロは思わず口元に笑みを浮かべた。
「もう!」
 ゼロが何を考えているか察したアルエットはぷうと頬を膨らませて睨みつける。
「ちがーう! シエルおねえちゃんくらいになるの! ゼロだってびっくりするほど、すっごく可愛くなるんだからね!」
 ゼロとアルエットのやりとりを見て、シエルはくすくす笑う。
 三人で過ごす平穏なひととき。この時間もいつか終わりが来てしまうのかもしれないが、できれば明日も明後日もずっと続いてほしかった。
(永遠はないけど、今は傍に、少しでも長くあなたの傍にいたいの)
 シエルはそう思いながら、ゼロの横顔を見つめていた。


  * * *


 その日もいつものように過ごして、いつものように戻るはずだった。
「シエル」
 夜明け前、ゼロの声で目が覚めたシエルは、傍に立つゼロがいつもと違っていることに気づいた。
「…今日が最後だ」
 ゼロは静かに告げる。その体の輪郭はぼやけて透き通っている。ゼロは完全に向こう側の、シエルの手が届かないサイバー空間の存在になろうとしていた。
 恐れていた別れのときが来たのを知り、シエルは何も言えずに呆然と立ち尽くす。目を覚ましたアルエットも、ゼロの様子に気づいて目を大きく見開いた。
 ゼロとシエルはしばらくの間、お互い何も言えずに見つめあっていた。
「お願い…行かないで……」
 シエルの方から口を開いた。ゼロは何も答えない。
「ゼロ…いなくなっちゃうの……?」
 アルエットも不安を湛えた瞳で見つめている。外見は幼い少女だが、アルエットは起動してから長い年月を経て、彼女なりに成長していた。ゼロとの別れの時が来たのだと、それは止められないことなのだと、彼女なりに理解していた。
「ゼロ…体がどんどん透き通っていく…」
 アルエットは悲しそうな顔をする。人間だったら間違いなく泣いていたことだろう。
 シエルの瞳に涙が滲んだ。
「いや! いやよ! ゼロがいなくなるなんていや!」
 シエルは激しくかぶりを振った。シエルの瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「好き! 私、ゼロが好き! 愛してるの! だから離れないで!」
 シエルはゼロにしがみつくと告白する。
「明日も一緒にいたい。明後日も明々後日もずっとずっと…。まだまだ一緒にやりたいことがたくさんあったのに。あなたがいなくなるなんて我慢できない! いや! いやなの!」
 シエルは取り乱して泣きじゃくった。シエルはずっと先もゼロと一緒にいる自分を想像していた。ゼロなしの未来なんてありえない。ゼロがいない未来じゃないなら、むしろこのままでいい。このささやかな時間さえ続いてくれれば、それだけでよかったのに。
「無理だ」
 ゼロは即答する。
「そう…だったわね……」
 ゼロにものわかりの悪い女だと思われたくない。シエルは黙りこんだ。我を忘れて必死に懇願したことが、自分ではしたなく思えた。
「シエル」
 ゼロはシエルの頭を撫で、それからその両肩についと手を置いた。
 シエルはゼロの顔を見上げる。瞳には大粒の涙がたまっている。シエルは目をぎゅっと閉じてこれ以上泣くまいとこらえた。だが我慢できない。頬に涙がこぼれ落ち、シエルはすすり泣いていた。
「いまさらなんだけど…。あなたを今まで引き止めてしまってごめんなさい……」
 シエルはしゃくりあげながら言った。
「永遠なんてない。わかってるけど、傍にいて欲しかった。いつまでも…ゼロと…一緒に……」
「気にするな。お互い、引き止めあってたからな。オレもお前と一緒にいたかった」
 ゼロは本心を告げた。口にこそ出さないが、ゼロもシエルと過ごす時間を楽しみにしていた。
 本当はシエルと少し話をしたら、すぐにサイバー空間に旅立つつもりだった。だが、今日までそうしなかったのは、シエルと過ごす時間が心地よく、終わらせたくなかったからだ。
 だが、いつまでも続けるわけにはいかない。このままではお互い時間が凍りついたままだ。先に進むために、シエルの未来のためにも、終わりにするべきなのだ。
「ここにとどまっていても、お前たちを見守ることしかできないからな。そんなのはオレの性に合わん。オレは守られるより守る自分でいたい」
 ゼロは腰に手を当てて言った。シエルはゼロをじっと見つめる。
「ゼロ。私、ガーディアンの司令官として、イレギュラー発生の原因を突き止めてみせる。そして人間とレプリロイドが同じ時間を歩める世界を目指すわ」
 寿命という限られた時間を背負う人間。無限の時間を生きるレプリロイド。両者の隔たりをなくすために、自分なりに研究を続けていく。アンドリューのように愛する人が先に死んで悲しむレプリロイドが出ないように。そして……。
「ずっと生きていれば…いつかまた…あなたに会えるでしょう。私、待ってるから。機械の体になってでも、あなたを待ってる」
 ゼロと共に生きていきたい。ささやかで、それでいて、とても困難な願い。それを成し遂げるのに、一体どれだけの時間がかかるのかわからない。
 だが科学技術の進歩は早い。研究を続ければ、人間がレプリロイドと同じように長く生きることも可能になるだろう。可能性は無限だ。生き続けていれば、いつか未来でゼロと再会することもできるかもしれない。
「そうしてくれ。科学では証明できない不思議な力が人間にはある。お前ならできる。オレはお前を信じている。お前がオレを求めるかぎり、オレはいつかお前のところに戻るだろう」
 ゼロの言葉を聞いてシエルはうなずいた。
「ええ。いつかまた、一緒になれるわ。心からそれを信じているから。そうなるように頑張るから」
 シエルはつま先立ちゼロにキスをする。そしてゼロの手を握って精一杯微笑んだ。
「私も!」
 アルエットはゼロの手を握るシエルの手の上に自分の手を重ねた。
「私、ゼロが帰ってくるの、シエルおねえちゃんと待ってるからね」
 ゼロは屈み込んでアルエットを引き寄せ抱きしめる。しばらくして身を離すと、アルエットの頬にキスをした。
「ゼロ…」
 アルエットは照れくささから、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、顔の下半分を隠して見上げる。ゼロはそんなアルエットに静かに言った。
「アルエット、シエルを頼む」
 ゼロが自分を頼りにしてくれてる。そう思ったアルエットは感極まって大きく頷いた。
「うん!」
 そうしている間にも、ゼロの体はさらに透けていく。
「ゼロ!」
 シエルはたまらなくなってゼロにしがみついた。ゼロは両手を伸ばしてシエルをつかみ、キスをした。唇を通して愛情を伝えようとした。長い長いキスの後、唇を離したとき、シエルはにっこりと微笑んだ。
「…好き。ゼロを愛してる。これからもずっと…いつまでも好きだから……」
 ゼロは抱擁から身を引き、しっかりとシエルを見つめた。
「オレもだ」
 ゼロはシエルの頬を撫でながら優しく言った。シエルの頬に喜びの涙が伝い落ちていく。シエルは切ないほどにきれいな笑みを浮かべた。
 二人の様子を見守っているアルエットも泣き笑いのような表情を浮かべている。
 ゼロの体が白く輝く光に包まれる。ゼロは穏やかな笑みを浮かべると、身を翻し歩き出す。シエルとアルエットが見送る中、輝くゼロの姿は薄れて消えてしまった。
「ゼロ…」
 シエルはゼロの名を口に出す。口を手で押さえて両膝をついた。涙が止まらなかった。
 これが最後ではない。そう思いたい。でも自分にそれができるのだろうか。人間とレプリロイドが限りなく近しい存在となる、人間とレプリロイドの完全な平等。それを成し遂げられるだろうか。
(でも、難しければ難しいほど、私はやらなくてはいけない。ゼロと約束したから。ゼロとまた、一緒にいられるようになるためだから)
 これが永遠の別れとなるか、そうしないかは、これからの自分にかかっている。
「シエルおねえちゃん」
 アルエットがシエルの前に座り、シエルに手を伸ばした。
「シエルおねえちゃんならできるよ。私、信じてるから」
 シエルはアルエットの手を強く握り返すことでそれに応えた。
(そうね。ゼロとまた…いつか…未来で……)


  * * *


 シエルとアルエットは建物の中に戻り、部屋に持ち込んだ荷物を片付けた。ゼロがいなくなってしまった以上、ここに訪れることもないのだから。そのまま置いていってもかまわないものはそのままにしておくことにした。
 最後に、シエルとアルエットは忘却の研究所周辺を一回りした。
 思い返せば、ここからすべてが始まった。ミランとパッシィとの別れ。仲間たちの犠牲がもたらしたゼロとの出会い。そして、ゼロと一年間ささやかな時間を過ごした場所。
 ゼロとオメガが激しい死闘を繰り広げた痕跡も辺りに残っている。だが壮絶な戦いがあったことなど嘘のように、今は静寂が支配していた。
 シエルは目を閉じる。シエルの脳裏にゼロの顔が浮かんだ。
 ゼロは封印から目覚めたとき、記憶がなく、自分が何者ですら覚えていなかった。それでも彼はいつだって前を向いていた。
(私もゼロみたいに、前を向いて歩んでいこう。理想に近づこうと努力すれば、その努力に応じた結果が得られる。どんなに困難でも、きっと辿り着ける。だからこれからも、私は自分にできることを続けていきましょう。いつか未来で、ゼロとまた会う日のために)
 そう思うシエルに、ゼロは口元に笑みを浮かべて大きく頷いた。お前ならできると。
 シエルは目を開く。その瞳には決意が宿っていた。
「さあ帰りましょう」
「うん」
 シエルはアルエットを傍に抱き寄せると、簡易転送装置を起動させてその場を去った。


  * * *


 これから後、人間とレプリロイドとの真の平等を目指して制定された法律により、人間は「機械の体」を与えられるようになった。
 ある程度の年齢に達した人間は、レプリロイドと同じ機械の体を与えられ、肉体の一部、あるいは全てを機械と交換することが可能となる。機械と交換された本来の肉体は、国の施設にて保管される。
 レプリロイドは基本的には機械生命体であるため、肉体的な成長はなく、寿命も持たないが、法律の制定によりレプリロイドも「寿命」を与えられることとなった。レプリロイドは、その電子頭脳が起動すると同時に、「寿命」=「活動限界時間」を設定される。
 こうして数百年の後、人間とレプリロイドは限りなく近しい存在となり、その結果、お互いを「人間」「レプリロイド」と区別する習慣はなくなり、この2種類を総称して「ヒト」、あるいは「ヒトビト」と呼ぶようになったのである。

 人間とレプリロイドの平等は成し遂げられた。
 だが英雄の魂と力を込めた「ライブメタル」と「ライブメタル」の適合者である「ロックマン」を巡る新たな戦いが起こるのだが、それはまた別の物語……。


[ END ]


Thank you for reading♪(^^)



ロクゼロ4のエンディングはプレイヤーの数だけいろんな見方がありますよね。
あの後、ゼロはどうなったのか。生きてシエルのところに帰ったか、それともサイバー空間でエックスとよろしくやってるのか。
以前、ロクゼロ4エンディングネタの小説を書きましたが、それとはまた別で、「ロックマンゼクス」につながる感じの話にしてみました。

昔、オリジナルエックス(サイバーエルフX)の話を書くときに、サイバーエルフは触ることができるのかどうか知りたくて、電撃ゲームキューブ誌上のロックマンファンページ「ROCKMAN FANCLUB」の「ロックマンなんでもQ&A」に投稿したことがあり、そのときに返答いただいたのが、以下の回答でした。

シエルがつけているゴーグルや手袋を使えば、人間でも直接見たりさわったりできる。レプリロイドは使わなくてもOK。
これはサイバーエルフがレプリロイドの回路に直接作用するためだと考えられている


シエルはロクゼロのオープニングで、パッシィとゴーグル(バイザー)をかけることなく、会話したり見たりしてましたので、とりあえずシエルはそんな道具なしでサイバーエルフを見たり会話できる特別な能力を持って生まれてきたと解釈してあります。
「サイバーエルフと心を通わすことができる人間の少女」と説明されているとおり、それがシエルというキャラクターの重要な要素だと思いました。
サイバーエルフを見たり触ったりすることができるバイザーや手袋は、シエルが他の人間たちにもサイバーエルフを知ってほしい気持ちから彼女が開発した道具なのかもしれないですね。科学の力で世界を平和にしたいと語っていた聡明なシエルなので。

色々謎が多い分、書き手によって色々な解釈ができるのも「ロックマンゼロ」という作品の魅力なんだと思いました。

ちなみにゼロの台詞「科学では証明できない不思議な力が人間にはある」は、「ロックマンゼクス」のカルレ(ガーディアンのメンバー)の台詞からです。
さりげなく意味深な台詞で気に入ってます。
最後の部分も「ロックマンゼクス」の設定からです。ゼクスワールドでは人間とレプリロイドという垣根がなくなってるという、ロクゼロの時代では困難だったことが成し遂げられた世界なんですよね。

「ロックマンゼクス」にはロクゼロキャラを思わせるキャラが多数登場しますが、プレリーが
『おねえちゃんは…しょだいしれいかんは人間よ…。数百年前の戦争で、わたしたちレプリロイドを守ってくれた人間のカガクシャなの』
と言っていたので、『レジスタンス→ガーディアンに組織名変更』という感じで書いてみました。

「ロックマンゼクスアドベント」に登場した三賢人(トーマス、アルバート、ミハイル)は元人間だけど、全員が機械の体を持ち、特例として数百年の時を生き続けているわけですが、シエルも三賢人のように機械の体を持つようになって、ロクゼロ4エンディングの約束を果たすために、数百年生き続けてゼロを待ち続けていたのかもしれない…そう思いまして(^^)。

「ロックマンゼクス」では、ガーディアン初代司令官(シエルらしき人物)率いるイレギュラー化の原因を探る調査隊は、隊員の一人がモデルVに魅入られて暴走したことで全滅したものの、初代司令官は部下によって逃亡できたことまでが明かされていました。
今もどこかで身を隠しているのか、生死不明のままで出番もないまま、ゼクスシリーズはストップしてしまってるので、ゼクスシリーズの続編は今からでもいいので出してほしいと願います。
 

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