― 果たせなかった約束 ―

〜[ファーブニルとエックス] ロックマンゼロサイドストーリー21〜



 それは久しぶりにファーブニルの部屋にエックスがやってきたときのことだった。
「ファーブニル、今度、一緒に遊園地に行かない?」
「はあ?」
 エックスは卓上カレンダーをファーブニルに見せて、日付を指差しながら説明する。
「この日、ほんの3時間だけど、空きができるからさ。君もこの日のこの時間は予定がないって、ハルピュイアが教えてくれたし…」
「だからって、なんでオレが…」
「だって君とは一緒に過ごすことも少ないし」
 ファーブニルはエックスと一緒にエリアXに住んではいるが、お互い忙しくて会える時間は限られていた。
「でもよぉ…」
 自分が遊園地でのどかに過ごしている姿を想像して、ファーブニルはぶんぶんと首を振る。そんなことをしたら、闘将のイメージが崩れてしまう。
「やーっぱだめだめ。まっぴらごめんだ」
 ファーブニルはそう言って、その場を逃れようと部屋を出ていこうとする。
「待って!」
 エックスはあわててファーブニルの手をつかんだ。
「なんだよ?」
 振り向いた先にエックスの顔があった。ファーブニルは思わずどきっとして動きを止めてしまう。一瞬、エックスの表情に何故かまぶしさを感じたのだ。
「ね、お願い」
 エックスは両手を合わせて上目遣いにファーブニルをじっと見た。
 しばらく見つめあいが続いた後、ファーブニルは腰に手を当ててはーっとおおげさにため息をつく。
「わかった、わかった、わかりましたよ」
 エックスの顔に喜びの表情が広がった。
「ありがとう、ファーブニル!」
 エックスはぴょんとファーブニルに抱きつく。ファーブニルは目の前にあるエックスの笑顔にまたどきりとした。
「楽しみにしてるね!」
 エックスはにっこり笑ってぱっとファーブニルから離れると、ぱたぱたと自室へ戻っていった。ファーブニルはエックスの後ろ姿を見送りながら、胸元に手を当てる。
(なんか、この辺がもやもやするな)
 エックスの笑顔を見たときに感じた不思議な感情は一体何なのか。
「ま、いいか」
 ファーブニルは気楽な表情でつぶやいた。


 * * *


 ファーブニルはくすんだ灰色の通路を足早に進んでいた。エリアXに着いたときはすでに夜遅くになっていたが、ちょうど出会ったレヴィアタンからエックスも先ほど戻ったことを聞いたので、エックスに会いに行こうとしたのである。
 ファーブニルはエックスの部屋に入ると、元気よく声をかける。
「エックス様ー、いるか?」
 だがファーブニルを迎えたのはエックスの声ではなかった。
「帰ったか」
 ソファに座ったハルピュイアがファーブニルを見つめていた。ファーブニルは思わず足を止めて立ち尽くす。
「エックス様はどうしたんだ?」
 ハルピュイアは答える代わりに、自分の膝元を見つめる。エックスはハルピュイアの膝枕で眠っていた。
「今日は会議続きで、とてもお疲れのご様子だった。ここにつくなり、こうして眠ってしまわれたのだ」
 ハルピュイアは優しい目でエックスを見つめる。エックスはハルピュイアに身を預けて安心しきって眠っていた。
 ファーブニルは面白くなさそうな顔をして、その光景を見つめる。
(なんかいらいらするな)
 ファーブニルの眼差しに強い感情が揺らめく。胸の中がもやもやして、何か不快な気持ちになった。そんなファーブニルの気持ちをさらに逆撫でする言葉がハルピュイアの口から飛び出した。
「エックス様に用があるなら明日にしろ」
 いつもの憎たらしい顔でえらそうに言われて、ファーブニルはかちんとなる。
「おめーに言われたくねーよ」
 ファーブニルはむっとした顔でハルピュイアを睨みつけた。ファーブニルの態度にハルピュイアはいぶかしげな顔をする。ファーブニルがハルピュイアを挑発して喧嘩をしかけてくるのは日常茶飯事だったが、今日の態度はいつもとは明らかに違っていた。
「…ファーブニル?」
 いつもと違うファーブニルの様子にハルピュイアが鋭い目で見据える。
 しばらくの間無言で睨みあいを続けた後、ファーブニルはつまらなさそうに舌打ちすると部屋を出ていった。

「ちっ、むかつくなぁ!」
 廊下を大股で歩くファーブニルは吐き捨てるようにつぶやいた。
 ハルピュイアに身を預けて眠っていたエックス。そんなエックスを優しいいたわりの表情で見つめるハルピュイア。あの光景を思い出すたびに、ファーブニルは胸の中がむかむかした。
 ハルピュイアはエックスの行政を学術的側面から支える賢将である。ハルピュイアがエックスのそばにいるのは当然のことだ。なのに何故こんなにいらつくのだろう。
(最近のオレは変だ…)
 ファーブニルは珍しく神経質になり苛立っていた。


 * * *


 翌日、エックスが公務に出かける前にファーブニルの部屋を訪れた。
「ファーブニル。遊園地のことなんだけど」
 にこにこしながらエックスはパンフレットを見せた。
「遊園地にあるこのお店にも寄りたいんだ。ほら、このペンダント、記念に買いたいなって」
 無邪気に話すエックスは、ファーブニルの様子がおかしいことに気づいていなかった。
 昨夜のことでまだむかむかしていたファーブニルには、エックスがそばにいることが心地よくなかった。
「行かねえ」
 気がつくと、ファーブニルはぶっきらぼうに答えていた。
「え?」
 エックスはきょとんとする。ファーブニルはますます不機嫌そうな表情になった。
「仕事が忙しくなったんだ。だからあきらめてくれ」
 早口にまくしたてると、ファーブニルは身をひるがえして部屋を出ていく。今はエックスのそばにいたくなかった。
「ファーブニル…」
 エックスは悲しそうながっかりした顔をして、去っていくファーブニルを見つめる。
 ファーブニルは肩越しにエックスを見た。エックスは悲しげな落胆の表情を浮かべ、しょんぼりしていた。それを見たファーブニルはちくりと胸が痛む。これは昨夜から感じている苛立った気持ちとは違った、どこか切ない気持ちだった。
「ちっ…」
 ファーブニルは不可解な気持ちに苛立ち舌打ちすると、肩をいからせて歩いていった。
 それがファーブニルが『生きているエックス』を見た最後となってしまった。


 * * *


 その日以降、ファーブニルは新しい任務でエリアXを離れていた。任務の途中、急遽ハルピュイアに呼び戻されたファーブニルは、エックスがダークエルフ封印のためにユグドラシルで眠りについたことを聞かされた。
「ダークエルフにかけられた呪いがエックス様を蝕んでいたのだ。ご自分の中に芽生える破壊衝動を自覚されたエックス様は皆に危険が及ぶのを恐れ、封印の強化をお考えになった。ダークエルフを半分に分け、一つはネオ・アルカディアの地下に、もう一つは塔の最上階に封印することにした」
 ハルピュイアはコンソールに向かい、ディスプレイに情報を呼び出しながら説明する。
同じくハルピュイアに呼び戻されたレヴィアタンとともに、ファーブニルはハルピュイアが呼び出す画像に見入っていた。ファーブニルとレヴィアタンの後ろでは、ファントムが腕組みをして成り行きを見守っている。
「ダークエルフの封印を強固にするために、まずダークエルフを半分に分けて、それぞれ別の場所に封印する。ネオ・アルカディアの塔の最上階には封印装置『ユグドラシル』を造らせ、その中にダークエルフの半身を封印し、それを押さえ込む錠前としてエックス様のお体を収めた」
 ディスプレイに新たな画像が映し出される。それは大樹を思わせる装置だった。次に地図が画面に映し出され、特定のエリアを拡大した。
「ノトスの森にある、ネオ・アルカディアが管理している旧文明の遺跡。その最深部に封印を解く鍵を置く。こうすれば、容易に封印が解かれることはない」
 ハルピュイアはディスプレイに遺跡の画像を映し出して説明を続けた。
「だからって、なんでエックス様なんだよ。そんなこと、パンテオンどもで代用できなかったのかよ」
 ファーブニルは思わず本音を口に出す。
「ダークエルフの力を抑え込むにはエックス様のお力が必要不可欠。こうするしかなかったのだ。エックス様はオレたちに危害が及ぶのを恐れて自らの体を差し出したのだ」
 重すぎる事実にファーブニルとレヴィアタンは絶句する。ハルピュイアは沈痛な面持ちで皆を見渡した。
「悲しいことだが、これはエックス様の願いでもある。ダークエルフのように自分が暴走して皆に危害を加えたくない…と」
 皆暗い顔をして口を閉ざす。気まずい沈黙が流れた。
「ちっ…」
 重苦しい沈黙を、ファーブニルの舌打ちが破った。
 何故よりにもよってエックス様なのだ。他に方法はなかったのか。ファーブニルは顔をこわばらせる。理不尽な現実に抗おうとする気持ちが胸の中で渦巻く。だがファーブニルはそれほど愚かではない。頭ではもはやどうにもならないことが嫌というほどわかっていた。
 ファーブニルはやり場のない怒りを感じながら、ハルピュイアにぼそっと言った。
「お前は…それでよかったのかよ」
「黙れ!」
 ハルピュイアは苛立った様子で声を荒げる。いつもと違う雰囲気にファーブニルは言葉を失った。
「これからしばらくオレが指揮をとる。それからお前たちのDNAが必要だ。エックス様を生み出すためにな」
「何だってぇ?」
 ファーブニルは面食らって聞き返した。
「我ら四天王はエックス様のパーツを元にして設計され、DNAクローニングによって生を受けた。ならばその逆で、我ら四天王のDNAを使えば、エックス様を生み出すことができる。我らの新たな主を…」
 ハルピュイアは自分のプランを語って聞かせる。
「エックス様不在が知れ渡れば混乱は免れない。ネオ・アルカディアにエックス様は必要な存在なのだ。だが、オレはエックス様以外の主に仕えるつもりはない。それはお前たちだって同じだろう?」
「つまり、コピーのエックス様ね…」
 レヴィアタンはふんと鼻を鳴らす。ハルピュイアの考えにあからさまに難色を示していた。
 気持ちはわかるがまともじゃない。レヴィアタンは辟易しながらそう思った。
「ファントム。あなたはどうするのよ」
 レヴィアタンは隣にいるファントムに問いかける。三人の視線がファントムに集中した。どんな状況下でも常に的確な判断を下すファントムには三人とも一目置いている。普段は寡黙なファントムが意見を口にするときは、それは常に傾聴に値するものだった。
「拙者はハルピュイアに従うまで」
 ファントムは短く答える。ファーブニルは呆然とし、レヴィアタンの瞳には失望の色が浮かんだ。レヴィアタンは内心ファントムが反対してくれるのを期待していたのだ。
 言い返す言葉が見つからないファーブニルや顔をしかめているレヴィアタンの非難のまなざしを受け、ハルピュイアは再びいきりたった。
「第一にエックス様がお決めになったことだ! そしてオレに一任された! ファントムも賛成した!」
 ハルピュイアは断固とした口調でまくしたてた。
「現在、このプロジェクトに必要な科学者たちを集めている。近々召集をかけるから、いつでも応じられるようにしておけ」
 一方的に話を終了させると、ハルピュイアはきびすを返して足音も荒く部屋を出ていった。
「まったく…」
 レヴィアタンは落胆して呟く。仕方ないといった、あきらめの表情をしていた。
「お前はそれでいいのかよ」
 ファーブニルの視線を受けて、レヴィアタンはひょいと肩をすくめる。
「だってキザ坊やがあそこまで意固地になってるんじゃ何言ったって無駄よ。それにファントムもキザ坊やの味方よ」
 レヴィアタンはファーブニルをじっと見つめると小声でささやいた。
「口であの二人相手に勝ち目あると思う?」
 ファーブニルは何も答えられなかった。たしかにハルピュイアとファントムを説き伏せる自信はまったくない。
 レヴィアタンは悲しげに目を伏せると部屋を出ていった。
 部屋にファーブニルとファントムが残される。ファーブニルはソファに座り込んだ。
「なんで…こんなことになっちまったんだろうな」
 エックスはずっといると思っていた。レプリロイドなのだから人間と違って、老衰や病気による死とも無縁だ。それにエックスはネオ・アルカディアの統治者である。護衛のファントムをはじめ大勢の聖闘士に守られている。エックスがいなくなるなんて、そんな事態はありえなかった。だから、ずっといるのが当然だと思っていた。まさかこんな形で突然別れが来るとは。
 ファーブニルの脳裏に、最後に会ったときのエックスの顔が浮かぶ。約束を一方的に断ったときの、エックスの悲しそうな顔を思い出して、なんともいえない後悔の念にかられた。
「…くそったれ」
 ファーブニルは肩を震わせながら小さく呟く。ファントムは腕組みをしたまま、ファーブニルをじっと見つめていた。
「気にしておるのか。約束を破棄したことを」
「なんでお前がそれを…」
 ファーブニルは驚いてファントムを見上げる。
「見ていたからな」
 ファントムが穏やかな声で答えると、ファーブニルは耐え切れずに視線をそらした。
「その…なんだ、オレ、エックス様はずっといるんだって思ってた…。だからよ…」
 ファーブニルは自分の思いをたどたどしく打ち明ける。ファーブニルがエリアXに帰ると、エックスは時間があればいつも笑顔で迎えてくれた。だがもう会えない。あの笑顔を二度と見ることはできない。それなのに別れの言葉もなかった。しかも最後に見たのは、悲しい顔をしているエックスだった。
「いきなりこんなことになっちまって…オレ……」
 ファーブニルは暗い顔をしてうつむく。エックスがいなくなることが、こんなに堪えるとは思ってもみなかった。
 ファントムはファーブニルの横に座る。
「エックス様が決断されたとき、拙者はお止めしなかった。我が主がお決めになったことだと己に言い聞かせ、悲しみを乗り越えて前に進まねばならぬと…」
 ファントムは遠くを見るような目で淡々と続けた。
「だが、そう思うことで、拙者は現実と向き合おうとしておらなんだ。封印装置に組み込まれたエックス様のお姿を見たとき、初めて現実を痛感した。抑えていた悲しみがあふれ出てどうにもならなかった」
 ファントムの表情は仮面に隠れてうかがえないが、ファーブニルの目から見てもかなり悲嘆にくれているのがわかる。ファントムのエックスに対する深い想いがうかがえた。
「後悔している。まずはエックス様をお止めして、皆で考えれば、他に良い解決策もあったかもしれない…とな」
 ファントムは目を閉じて沈黙した。エックスに従うことがファントムの存在意義。だからこそ、余計な口出しはしなかった。それだけエックスが苦悩し、追い詰められていたことを知っていたから。【自分をダークエルフの半身とともにユグドラシルに封印する】エックスが苦しんで考え抜いて出した結論だったが、エックスの意志を尊重した結果が後悔である。
 苦悩が刻まれたファントムの悲しげな横顔を、ファーブニルは言葉もなく見つめた。
 しばらく沈黙した後、ファントムはファーブニルの顔を見つめ返す。
「ファーブニル。ためこむのはよくない。仕方がないことなのだ。泣いて、己を責め、現実を責め、また泣くといい。辛いだろうが、やがて時が解決してくれよう」
 ファントムは立ち上がると、そのまま部屋を出ていった。
 一人残ったファーブニルは暗澹とした思いに駆られてうなだれる。脳裏にエックスの顔が浮かんだ。悲しそうな顔をしたエックスの顔が。もしかしたら、あのときエックスは別れを覚悟していたのではないか。だから自分に一緒に遊びに行こうと誘ったのではないのか。せめてエックスが少しでも話してくれていれば…。
「なんで…なんで…こうなっちまうんだ。…くそったれ」
 ファーブニルは抑えきれずに泣き崩れた。


 * * *


 ネオ・アルカディアの封印区画『ユグドラシル』。ファーブニルはその入り口の通路に立って、上の階に続く梯子を見つめる。
「さーてと」
 ファーブニルは両手を握り締めて気合を入れると、上へ向かうべく梯子を上り始めた。
「何をするつもりだ」
「わっ」
 背後から聞こえた声に驚いたファーブニルは、思わず梯子を掴む手を滑らせてしまう。そのままバランスを崩して床に落ち、しりもちをついてしまった。
「ったた…」
 ファーブニルが振り向くと、ファントムが腕組みをして自分を見下ろしていた。
「お前は普通に話しかけれーのかよ!」
 ファーブニルは立ち上がると悪態をつく。
「これが性分なのでな」
 ファントムは抑揚のない声で淡々と答えた。
「最上階へ向かい、どうするつもりだ?」
 ファントムの冷ややかな視線を受けて、ファーブニルは両手に腰をあてる。
「決まってんだろ。エックス様に会いに行くんだよ」
「エックス様はもう目覚めることはない」
「うるせえ! 行くっつったら行くんだよ!」
 ファーブニルは乱暴に手を振る。その拳をファントムは右手で受け止めた。
「それは何ゆえに?」
「渡してえもんがあるんだ」
 ファーブニルはペンダントを取り出す。
「エックス様が行きたがってた遊園地の…」
 エックスが買いたいと言っていたペンダントだった。ファーブニルは手のひらのペンダントをじっと見つめる。
「エックス様、これ、欲しがってたからよ…」
 ファントムはファーブニルをじっと見つめていたが、小さくため息をつく。
「気をつけて行くことだな」
 そう言い残してファントムは姿を消した。


 * * *


「やーっと着いたか…」
 最上階の扉の真下にたどり着いたファーブニルは疲れきって床にへたり込んだ。
 高い塔をただ上っていけばいいとたかをくくっていたが、塔は難解なトラップにより多重に守られていた。梯子から梯子づたいに移動する場所も多く、しかも梯子の下や側面の壁にはトゲが敷き詰められているので、下手すれば即死しかけたこともあった。
 それでも警備のメカニロイドたちがファーブニルに攻撃してこなかったのは、ファントムが何かしら手を打っておいてくれたようだった。
 ファーブニルは少し休んで疲れをとると立ち上がった。そして上にある扉に向かって勢いよく飛び上がる。扉が開き、ファーブニルは最上階に足を踏み入れた。


 最上階は聖堂を思わせる広大な空間になっていた。中央には大樹のような巨大な封印装置『ユグドラシル』がある。ユグドラシルの下部、樹の根元を思わせる部分にエックスがいた。
「エックス…さ…ま……」
 封印装置に埋め込まれ、変わり果てたエックスの姿を目の当たりにして、ファーブニルは呆然と立ち尽くす。だがすぐに目的を思い出し、エックスの前に歩み寄る。
「これよ、エックス様が欲しがってた遊園地のペンダントだぜ」
 そう言いながらファーブニルはエックスの首にペンダントをかけた。
 いつものエックスだったら無邪気に喜んでくれるだろう。だがエックスは何も応えない。エックスは目の前にいる。だが、もう話しかけてくることも笑い返してくれることもない。改めてエックスがいなくなってしまったことを痛感して、ファーブニルは思わず涙ぐむ。泣きたくないが、涙が一筋流れ落ちた。そして悲しいと同時に、エックスが何も言ってくれなかったことに怒りを感じた。
「なんで…なんで言ってくれなかったんだ」

『オレはハルピュイアたちみたいに頭よくねーし、戦うことでしかお役にたてねーけどよ』

 戦うことでしかお役に立てない。そうこぼしたファーブニルにエックスは言った。

『そんなことないよ。君が前線で戦ってくれてるから、ボクたちは統治に専念できるんだ』
『ファーブニルはいつだって強くて、最高にかっこいい』

 エックスの言葉を聞いたとき、ファーブニルはとても嬉しかった。
 だが、エックスは突然手の届かないところに行ってしまった。ハルピュイアには話したくせして、自分には何も話してもくれなかった。
「オレ…そんなに頼りになんなかったのかよ…」
 エックスの肩に手を置いて、ファーブニルは乾いた声で語りかける。
「ばかやろ…」
 ファーブニルはうつむいて沈黙すると、泣くまいと必死にこらえた。しかし目から次々と涙が溢れ、ファーブニルはうつむいたままむせび泣いた。
「エックス様…」
 しばらくの間嗚咽していたが、顔を上げると目の前にあるエックスの頬をそっと撫でる。
「これからは、ずっと休んでていいんだぜ」
 ファーブニルは胸がつぶれる思いで切々と語りかけた。ファーブニルの脳裏に、重責を背負いきれないと本音をもらしたときのエックスの姿が浮かぶ。

『こんな生活いやだ、もう背負いきれない…って思うんだ』

 エックスが涙ぐみながら本音を吐き出したとき、ファーブニルは初めてエックスの苦悩を知った。
 統治者になってしまった今、権力が渦巻き、嫉妬と猜疑にまみれる世界から逃げ出すことは許されない。エックスは自分の気持ちを押し殺して、ひたすら統治者として皆のために頑張ろうとしていた。
 ファーブニルはエックスの頬を撫でながら微笑みかけた。
「エックス様、もうがんばんなくていいんだ。人間の議員どもにやなこと言われて落ち込むこともないんだ。オレが…オレたちがなんとかすっから…。だから…エックス様は……これからずっと……」
 言葉がつまり、ファーブニルはまた嗚咽する。
「あーあ…」
 ファーブニルはごしごしと目をこする。そしてため息をつくと、泣きはらした顔でエックスを見つめた。
「さよなら、エックス様」
 別れの言葉を告げて、ファーブニルは立ち去る。扉が閉まると最上階は再び静寂に包まれた。


[ END ]


Thank you for reading♪(^^)



この話のテーマは「親孝行はできるうちにしよう」ということです。
いつまでも親がいるわけではないので…。

四天王の中でファーブニルは単純なようで今ひとつ本心がつかめないところもありました。
でも「リマスタートラック ロックマンゼロ・テロス」のドラマで、
ファーブニルは生意気言いながらも、ちゃんとエックスのお願いを聞いてあげてたあたり、
やっぱりファーブニルなりにエックスに対する忠誠心とかはあるんでしょうね。

ちなみに敬語とタメ語がごっちゃになっているのはあえてそうしています。
ファーブニルは敬語は上手く使いこなすのが苦手だと思うので(苦笑)。


 

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