― 雪よりひそかに ―

〜[ハルピュイアとエックス] ロックマンゼロサイドストーリー14〜



 オレの記憶の中で歌声が聴こえる。
 それは優しい子守歌。
 歌は戦いに疲れたオレの傷を、オレの心を癒す。
 そして、オレを守っていてくれてる。
 懐かしいエックス様の子守歌……。



 ハルピュイアが廊下を歩いていると、子守歌が聴こえてきた。
 歌声に誘われるように中庭へ出ると、木陰でエックスが座って歌っていた。膝には赤ん坊のサイバーエルフがすやすやと眠っている。
「エックス様」
 眠っているサイバーエルフを起こさぬよう小声で呼ぶ。
「あ…ハルピュイア。……聞いてた?」
「はい」
 ハルピュイアが答えると、エックスは照れたようにうつむく。
「………。この子ね、さっき生まれたばかりなんだって…」
「さようでございますか」
 エックスは自分の膝の上で眠るサイバーエルフを優しく撫でる。
「成長すれば、必ずエックス様のお役に立つことでしょう」
 ハルピュイアの言葉にエックスは微笑む。
「うん。でも…」
 エックスは膝の上で眠るサイバーエルフに目を落とす。
「この子の力が必要となるとき…それはこの子の命が失われることを示してる。ボクはできることなら…この子の力が必要とされない平和な時間が続いてほしい」
「エックス様…」
「ボクはただ君達が、ネオ・アルカディアに住むみんなが平和に暮らしていければ、何も望まない」
 呟くように言うと、エックスは再び子守歌を口ずさむ。
 ハルピュイアは子守歌を歌うエックスを傍らで静かに見つめる。
 その頭の中に浮かんできたのは、いつかの夕暮れの出来事だった。



 夕暮れ時。エックスを呼びに来たハルピュイアは、バルコニーで寂しく佇むエックスを見つけた。
 夕陽に染まるバルコニーに憂いの表情で立つエックス。それは神秘的な雰囲気を醸し出していて、ハルピュイアは思わず見とれた。
「エックス様、如何されました?」
「あ、ハルピュイア…」
 エックスは先ほどの寂しげな表情を隠すかのように、笑って見せる。
「どこかお体の具合でも…?」
「あっ、ううん。なんでもないんだ」
 エックスはふるふると首を振る。
「ただ…」
「?」
「夕陽を見てただけ…」
 エックスはそう言って、空を赤く照らし、沈みかけている夕陽を見る。つられてハルピュイアも夕陽を見た。
「赤…エックス様のお好きな色でしたね」
「うん」
 夢見るように夕陽を見つめながら答える。しかしその目は先ほどと同じように寂しげだった。遠くを見る目。
 そんなエックスを見ていると、ハルピュイアは悲しくなる。
 ハルピュイアは、エックスを慕っていた。
 誰よりも平和を愛し、誰にでも分け隔てなく優しく接するエックス。だが優しすぎて、イレギュラーにまで救いの手を差し伸べようとする。 ハルピュイアはそんなエックスを敬愛していたし、いとおしいとも思っていた。そして、それはいつしか親愛の情を遥かに超越したものへと成長していった。エックスにとって、自分は一番の存在でありたいと常に思っていた。
 だからこそ、胸の内の気持ちを打ち明けてもらえないことがとても悲しくて、ハルピュイアは思わず本音を言葉に出していた。
「エックス様…オレではご不満ですか?オレは…あなたのお役に立てないのでしょうか?」
「ご、ごめん…。そんなわけじゃ……」
 しゅんとうなだれるエックスを見て、ハルピュイアははっとする。
 主人であるエックス様にこんな顔をさせるなんて…。
「申し訳ございません。つい…」
「いいんだ。悪いのはボクなんだし…。君は心配してくれただけなんだもん」
 エックスはかぶりを振ると、再び夕陽に視線を戻す。
「……赤い夕陽を見てるとね、思い出すんだ……」
「何をですか?」
「ゼロのこと」
「ゼロ?」
「うん。ゼロは、ボクの先輩で、大事なたった一人のお友達…」
「………」
「ゼロだけだった…心を分かってくれたのも、傍にいてくれたのも……」

 『ゼロ』。名前は聞いたことがある。
 エックス様と共に戦っていた旧時代の英雄。
 多分エックス様はゼロのことを慕っておられたのだろう。
 それはエックス様の態度からもよくわかる。
 そして、そのゼロがエックス様に良くしていたことも…。
 でもわからない。
 何故、そんなに大切なエックス様を一人残してどこかへいなくなるのだろう。
 オレだったら絶対にそんなことしない…。
 なのに、エックス様はゼロを信じておられる。
 それほどエックス様はお寂しいのだろうか。
 だったら…オレではだめなのだろうか。
 オレがあなたの寂しさを癒すことはできないのだろうか…。

「…きっと会えますよ」
 そんな心の中の気持ちとは裏腹に、ハルピュイアは自分でも思ってもいない言葉を口にしていた。
「そう…思う?」
 エックスはハルピュイアをおずおずと見上げてくる。不安を湛えた瞳。よほどエックスにとって大事な事なのだろう。ハルピュイアはその瞳に複雑な気持ちを抱きつつも、強く頷いた。
「はい」
「ありがとう…ハルピュイア。そうだよね」
 ハルピュイアの言葉にエックスは安堵したかのような笑みを浮かべる。だが、そんなエックスを見て、ハルピュイアの心はちくりと痛んだ。
(何故? エックス様の願いなのに…)
 ハルピュイアは、自分がゼロに嫉妬していることに気づいて、ぎゅっと手を握った。



 それ以来、エックスは少しずつ昔のことを口にするようになった。
 昔のことを話すとき、エックスはとても幸せそうな顔をする。見ているハルピュイアまで幸せな気持ちになる笑顔。
 だが、その笑顔を見せるときは決まってゼロの名が出てくる。
 エックスがゼロのことを口にする度、嫉妬という黒い感情がハルピュイアの心の奥底で渦巻いていた。
(あなたが最も信じているのは、オレではなく、ゼロなんですね……)
 ハルピュイアは心の中で、そうエックスに語りかけていた。
(オレはいつもあなたのお傍にいるのに……)
 寂しげな瞳で子守歌を歌うエックスを、ハルピュイアは静かに見つめていた。



 今思えば、そんな心の歪みがベビーエルフに乗っ取られる隙を与えたのかもしれない。



 痛い。
 ベビーエルフに乗っ取られたときに、ハルピュイアが最初に感じた感覚。それがハルピュイアの全身を徐々に蝕んでいく。
 苦しい。
 苦痛に耐えるハルピュイアの頭の中を様々な感情が渦巻いていく。
『ハルピュイア』
 優しかったエックスの姿が浮かぶ。
『ハルピュイア』
 そして、その上にコピーエックスの姿が重なる。
 申し訳ございません…。あのとき…あなたのお傍を離れたばかりに……。
 オレはあなたを守ることができなかった…。
 ハルピュイアは目の前にいるゼロを見る。
 エックス様を悲しませた男。
 許せない…。
 ネオ・アルカディアの仲間たちを、ファントムを、コピーエックス様を破壊した男。
 憎い…殺す…殺す…。
『ハルピュイア』
 再びエックスの声が頭の中に響く。

 殺すのか?
 コイツを殺せば…エックス様が悲しむのに。
 それにコイツはエックス様と同じ………伝説の英雄。
 ゼロを助けたあの時、心の奥底で気づいていたのかもしれない。
 自分の意志とは無関係に世界を背負わされ、戦いの中に身を置かれ、ついにはダークエルフ封印のために自分の体を差し出されたエックス様。
 そんなエックス様を過酷な運命から解き放つ英雄は、オレではなくゼロなのだと…。
 でも、オレは認めたくなかった。
 認めたら、オレが今までしてきた事が、信念が崩壊する。
 いつの日か、エックス様をダークエルフ封印という宿命からお救いするのはオレでありたいと思い続けていた願いが泡沫となるから。
 だが今なら分かる。
 エックス様を、世界を救えるのはゼロしかいない。
 ……その英雄を殺していいのか?
 
 そう思うハルピュイアの心に闇の声が囁く。
『アイツを殺せ』
『ネオ・アルカディアを脅かし、お前の大切なエックスを悲しませた男』
『アイツを殺せば…ネオ・アルカディア、そしてエックスを守ることが出来る』
 やめろ!
 オレは………!
 遠のく意識の中、ハルピュイアは必死に言葉を紡いでいた。
「早く…オレを倒し……あの男を止めてくれ!」
 その瞬間、ふっと身体中を蝕んでいた痛みが無くなった。
 それと同時に意識が遠ざかる。
 ハルピュイアがまともに覚えているのは、ここまでだった。



 そこから断片的に頭の中を通過していくシーンを、ハルピュイアはただ見つめていた。
 ゼロに攻撃している自分が見える。
 自分はゼロを殺そうとしている。
 あいつはネオ・アルカディアの敵。いつかは排除しなければならない危険分子なんだ。
 だが、こうしている間にエルピスはユグドラシルに…エックス様の眠る最上階に向かっている。
 エックス様の御身が危険にさらされている。
 こうしてはおれん。早くお救いせねば…!
 なのに、オレは自らの破壊衝動のまま、ゼロと戦っている。
「やめろ!」
 ハルピュイアは叫ぶ。ゼロにではなく、自分を制するために。
 そのとき。
 歌声が聞こえてくる。
 いつも自分の中で聴こえる、穏やかで優しい、聴く者を力づけ癒す歌声――エックスの声だ。
 だが、それはいつものようにハルピュイアの内側からでなく、何故か外から聞こえた。
「エックス…?」
 ゼロにも聞こえているようだった。
 歌声はハルピュイアの動きを止める。ハルピュイアを支配する荒れ狂う闘志を優しく包み込んだ。
 ゼロは機を逃さず、動きの止まったハルピュイアに突進する。跳躍し、ハルピュイアにセイバーを突き刺し、その体をとらえる。同時にすべての力を、ハルピュイアに叩き込んだ。
 ゼロの力がハルピュイアの体を駆け巡る。ハルピュイアの体は熱と光に包まれ爆発した。
 これでいい…。
 オレが死んでも、ゼロが必ずエックス様を…。
 ゼロ…どうかエックス様を、世界を守ってくれ……。
 爆発の中、ハルピュイアは思った。



 爆発の熱と光に包まれたハルピュイアに子守歌が聞こえる。
 穏やかな優しい歌声は暖かい光となり、爆発からハルピュイアを守るかのように、優しく包み込んだ……。



「ゼロ…あの男からエックス様を…世界を守ってくれ………」
 ハルピュイアはゼロにすべてを託し、がっくりと膝をつく。
 今オレは認めよう。お前は英雄だと。だから、エックス様をお前に託す…。
 ゼロはハルピュイアの顔を見る。その言葉に嘘偽りのないエックスへの想いを読み取ったからだ。
 ハルピュイアもゼロを見つめ返す。
 エックスを守りたい。同じ想いを抱く者同士、言葉はいらない。ゼロはそのまま体を反転させて、ユグドラシルへ向かって走り出す。
 ハルピュイアは床に仰向けに倒れた。意識が希薄になっていく。
 歌声が辺りに響いている。穏やかで優しいエックスの子守歌の旋律が流れている。
『ゼロがきっとエルピスを止めてくれる。だから、もういいんだよ…』
 傍に座り、自分の顔を覗き込んで優しく言ってくれているエックスの姿がハルピュイアに見えた。
『今のボクでは、君の傷まで癒してあげられないけど…今はゆっくり休んで……』
 消え入りそうで、夢とも幻とも思える儚げなその姿。だが決して夢でも幻でもない。
 何故あれだけの攻撃を受けながら、オレが助かったのか……。
 そう、あなただ。
 あなたがオレを守ってくださった。
 オレなんかのために、僅かな力を振り絞って……。
 ハルピュイアは自分の顔を覗き込むエックスに語りかける。
「あなたは平和を信じて眠りにつかれた。なのに、オレは………ネオ・アルカディアを守るため……敵対する者を容赦なく排除し、多くのイレギュラーを、レジスタンスを斬ってきた……」
 そう、エックス様……コピーエックス様を止めようと思えばできたかもしれない。
 でもオレはあくまで従う道を選んだ。
 コピーであろうと、エックス様はエックス様。
 オレの大切な守るべき主であることには変わりないから。
「もしかしたら…今のネオ・アルカディアを作り出したのはオレだったのかもしれません……」
 ひたすらに前に進むこと、定めを背負ってただ生きていくことが、いつしかネオ・アルカディアを歪めていた。
 平和を守るという、本当の夢を見えないものにしていた。
「あなたはこの状況を打開するために…ゼロにすべてを託すことで、オレたちを止めようとした………」
『ハルピュイア』
「申し訳ございません、エックス様………」
 ハルピュイアは唇を震わせて弱々しく謝る。
 薄れていく意識の中、エックスが穏やかに微笑むのがはっきりと見えた。
『ハルピュイアはボクを守ろうと、必死になって戦ってくれた…。それだけでボクは嬉しかったよ』
 エックスの言葉にハルピュイアはにっこりと笑った。エックスを見つめている目に涙が溢れてくる。
 自分を見つめるエックスの優しい笑顔、そして優しい言葉――それらは自分の今までの罪をあがなってくれた。そう思えたから。
『ありがとう』
 エックスがそう言って、ハルピュイアの頭を撫でる。
 再び子守歌が聴こえてくる。
 懐かしい子守歌の旋律に身を委ね、ハルピュイアは安堵したように目を閉じ、意識を手放した。


[ END ]



Thank you for reading♪(^^)


『光見つめて…〜ロックマンゼロ4』に収録したうちの1話で、
ロクゼロ以前〜ロクゼロ2の風の神殿でのハルピュイアの話です。
ハルピュイアがゼロをゴミ呼ばわりして忌み嫌うのは、やはりエックスへの気持ちからだったと思います。
親を泣かせたり苦しめたりする人間を、子供が敵と思い嫌う・・・みたいな感じで。
ハルピュイアがそれだけエックス思いなのは、ゲーム中のイベント等でよくわかりますし。

ちなみに、あちらに掲載した小説にはエックスの子守歌として、
笠原弘子さんのアルバム「Nostalgia」から「雪よりひそかに」の歌詞を使用させて頂いてました
(発行前にJASRACに申請をとり、使用許可を頂きました)。
HPに掲載する場合、また新たに歌詞の使用料をJASRACに支払わないといけないので、
とりあえず歌詞は除いて書き直してみました。
ただ子守歌も大事な要素とした話だったので、歌詞がないとタイトルと内容に繋がりが
ない話になってしまいました。この点はごめんなさい(^^;)。


 

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