〜[ファントムとハルピュイア] ロックマンゼロサイドストーリー19〜
静止衛星軌道上に建設されたネオ・アルカディアの無人宇宙施設の一つで、理想郷ネオ・アルカディアの象徴『エックス』の住む居城。その名をエリアXと呼ぶ。この場所は行政を指揮するコントロールルーム『エリアX』を中心にした、禁断のレプリロイド再生実験場がメインモジュールとなっている。 その最深部にある一室に四天王たちが集結していた。ここは玉座のある間に続く控えの部屋であり、作戦を提示する作戦指令室の役目も兼ねていた。 壁の一角に設置されたモニターの前でハルピュイア、ファーブニル、ファントムの三人が集まり、画面に見入っていた。画面に映し出されているのはコピーエックスの姿だった。 ハルピュイアは現在の状況を、最深部の玉座の間にいるコピーエックスにモニター越しに報告していた。ハルピュイアに続いてファーブニルもゼロに敗北した無様な結果を、ハルピュイアはひたすら恐縮しながら報告する。 だが敗北の知らせを受けても、コピーエックスは顔色一つ変えず、笑顔でハルピュイアたちをねぎらった。 <君たちを信じているから> そう言って、コピーエックスは通信を切った。 ハルピュイアは一息つくと、コンソールを操作する。するとモニターに新たな映像が映し出された。 映像にはゼロと戦うレヴィアタンの姿が映っていた。ゼロは連戦の疲労など感じさせない勢いでレヴィアタンを圧倒していた。 「これじゃ、レヴィアタンの負けだな」 ファーブニルは映像に見入ったままニヤリと笑みを浮かべている。 (まだ奴とサシで戦えるチャンスがあるな) ファーブニルは自分の気持ちに正直だった。いざとなったら、エックスの守護よりも戦いを優先してしまうのである。 ファーブニルと対照的に、ハルピュイアは苦渋の表情を浮かべていた。 そのとき、刀の鍔の音が響いた。ファントムはモニターから目を離すとそのまま身を翻す。 「ファントム。次はおめーの番か」 ファーブニルは大きく薄笑いを浮かべた。ファントムは答えない。それは肯定の意志であることをファーブニルとハルピュイアは理解していた。 「お主らはここにいてエックス様を守れ」 そう言うファントムの全身からは威厳とゆるぎない冷静沈着さが漂っている。そのままファントムは部屋を出て行った。 「ファントム」 部屋を出たファントムをハルピュイアが追ってきた。ファントムが立ち止まり振り向くと、ハルピュイアは頭を下げた。 「すまない」 ハルピュイアは己をふがいなく感じていた。本来なら、四天王筆頭の自分がゼロの始末をつけなければならなかったのだ。 「エックス様の直衛が我が使命。気にすることはない。拙者が敗れたときはエックス様を頼む」 「ああ」 ハルピュイアは頷いたが、ファントムの顔をじっと見つめたまま目をそらさない。先ほどの言葉にファントムの決意を読み取っていたからだ。 ファントムは強い。だがゼロは決して侮れぬ相手であることは、ハルピュイアは身をもって思い知らされていた。ならば、いっそ二人がかりで…。 「この戦いに手出しは無用」 ハルピュイアの考えを察したファントムはそれを遮るように言った。 「闇討ちは拙者の専売特許。誇り高いお主には似合わぬよ。汚れ役は拙者一人で十分だ」 「そんなことはない」 ハルピュイアは即座に否定するが、ファントムは口元に微かに笑みを浮かべただけだった。 ファントムはいつも表向きにできない仕事をすみやかに、誰にも知られることなく処理してくれた。ネオ・アルカディアが苛烈な人間保護政策を進めるようになってからは、それこそ【人に言えない汚いこと】まで。 世の中きれいごとばかりでは通用しない。ファントムはエックスとハルピュイアのためにずっと汚れ役をこなしてきた。 「お主はエックス様同様、人類を照らす光だ。お主を失うわけにはいかぬ」 「すまない」 ハルピュイアは詫びの言葉しか言えなかった。 本来なら、エックスのためにこんなに尽くしているファントムこそ、光を浴びるべきなのだ。 「本来ならば、お前こそオレの立場に立つべきなのに…」 「拙者はエックス様の影。影が表に出れば、影でなくなる」 ファントムは首を振ると、ハルピュイアの肩に手を乗せる。 「お主には、光の当たる場所でエックス様を守っていてほしいのだ」 「しかし、それではお前があまりにも……」 「拙者は、エックス様とお主が拙者の分まで幸せになってくれればそれでよいのだ」 「見てるだけか…」 それを聞いたファントムは微かに口元を緩ませた。 「レヴィアタンにもそう言われた」 『いつも見てるだけなのね。それでいいの?』 いつも影からエックスを見守ることに徹するファントムに、レヴィアタンが言った言葉である。 ファントムはそのときのことを思い出し、一瞬考えに沈んだ。 「…愛し方は様々だ」 「ファントム…」 「それに、拙者は彼奴と正面から正々堂々と戦いたいのだ。拙者もまた、刃なれば」 ファントムは本心を告げる。 「…真の忍は、己の誇りなど捨て去っているもの。拙者もまだまだ未熟だな」 そう言って、ファントムは自嘲気味に口元を緩めた。 本物の忍びは己の誇りなど当の昔に捨て去っているのだ。どのようなときも任務遂行が最優先。そのためには卑劣な手段も戦法も厭わない。ファントムもそのことはよく理解していた。だが、今は一人の戦士として正面からゼロと刃を交えたかった。 「そんなことはない。大事な方の名誉を守る…それがお前の誇りだろう。今も、お前は命を賭して戦いへ向かおうとしている…エックス様のために」 ハルピュイアの視線を受け止めて、ファントムは笑みを浮かべた。 「感謝している。お主と共に生を受け、誓い、戦えたことを」 ハルピュイアはファントムの手をがっちりと握手する。 「武運を祈っている」 二人は互いの目をじっと見つめ、頷き合った。 「では参る。ご免」 ファントムはくるりと背を向けて歩き出した。 「ファントム…」 ハルピュイアは祈るような目でファントムの背を見送る。 それが、ハルピュイアがファントムを見た最後だった。 [ END ]
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