〜[ゼロとシエル] ロックマンゼロサイドストーリー10〜
「お前に見せたいものがある。だが、来る来ないはお前の自由だ」 人間の集落に赴き、ネージュたちにラグナロク作戦を知らせてから、数日後。 ゼロがシエルに(遠まわしに)一緒に出かけないかと提案した。 人間の集落でネージュたち人間になじられ、表面上は明るく振舞っているものの、シエルが落ち込んでいるのを察したゼロが、その沈んだ気持ちを転換させようと何かを考えついたらしい。 『ゼロなりにお前を元気付けようとしてるんだ。まあ、気晴らしに行って来たらいいだろう』 出かける際、セルヴォはシエルにそっと耳打ちした。 しかし、ゼロが言う『見せたいもの』。 そこへの道のりはかなり険しく、おまけにゼロはシエルが人間ということを忘れているのか、自分のペースでさっさと先を歩いていくので、シエルはついていくのがやっとだった。 シエルは途中、何度もゼロに少し休むように訴え、休み休み来た結果、目的のものがある場所に着いた頃にはもう夕暮れ時にさしかかっていた。 「シエル…このぐらいの距離ぐらい休みなしで歩けんのか?」 「私はあなたと違って人間なの! 無茶言わないで!」 ゼロが冷ややかな視線を向けると、シエルは思わず抗議の声を上げた。 「着いたぞ」 ゼロは、少し先の森が開けた場所を指差すと、再びさっさと歩き出す。 シエルはそんなゼロに恨みがましい目を向けながらも、後を追った。 森が開けた場所に出て、その先にある景色を見た瞬間、シエルは目を大きく見開いた。 ゼロとシエルのいる場所。 そこは尾根道になっていて、その向こうには見渡す限りエリア・ゼロの樹海が広がっていたのだ。 シエルはゼロへの不満も忘れて、目の前の雄大な景色をじっと見つめた。 岩棚の上から見下ろすエリア・ゼロの豊かな自然は、言葉では言い表せないほどの感動をシエルに与えた。目の下には、底も見えないほど深い谷が広がっているが、それすら気にならないほど、魅入られていた。 ジャングルがあり、大きな岩山が見え、森の合間に丘のもりあがりも見え、その向こうにまた別の森が広がり、地平線の向こうまで青々とした木々が生い茂っている。まるで太古の世界を思わせる静寂に包まれた緑の樹海。なんて綺麗な眺めだろう…と、シエルは思った。 「私、こんな綺麗な景色初めて見たわ……」 シエルは感動をあらわにして立ちつくした。 エリア・ゼロに生い茂り、息づく無数の木々。それらは、今まで長い長い時間をかけて育ち、自分が老いて死んだ後もずっとそこに生き続けていくのだろう。この木々たちに比べたら、自分は何てちっぽけな存在なんだろう…とシエルは自然の素晴らしさ、偉大さを実感する。 「ゼロ…。私たちは人間だけでなく、この偉大な光景を守ろうとしているのね」 「ああ」 ゼロとシエルは風に吹かれながら、目の前の風景を静かに見つめる。 しばらくして、シエルは傍らのゼロを見上げて静かに言った。 「ゼロ…心配かけてごめんなさい」 ゼロはきっと、落ち込んでる自分にこの風景を見せることで元気付けてくれようとしたのだ。 「……オレは気晴らしにここに来るついでに、お前を誘っただけだ」 当のゼロは表情一つ変えず、シエルをちらっと横目で見ると、ぶっきらぼうに答える。 だが、長い間傍にいて、ゼロの行動パターンを大体把握できていたシエルには、ゼロの本音はよくわかっていた。ゼロは照れくさくて、無愛想にそう答えたのだ。 クールなゼロの意地っ張りな内面を見たシエルはくすっと笑う。 「何がおかしい?」 「別に」 言いながらも、シエルは笑みを隠そうとしなかった。 「ゼロ。私、頑張るわ。集落の人たちにもいつか私たちのことわかってくれるように……。そして、この自然をラグナロク作戦から守るために」 シエルはそう言って、ゼロに微笑んだ。 そのまま立ちっぱなしもなんなので、ゼロとシエルは近くの岩場に並んで腰掛ける。そして再び、目の前の景色に視線を戻した。 ゼロはふとシエルを横目で見た。 シエルの髪が風に優しく吹かれ揺れている。 自然に目を奪われ、感動しているシエルの姿に、おぼろげに“エックス”の姿が重なって見えた。 『ボク、こんなに綺麗な景色を見るのは初めて!』 そうだった。 何時だったかは正確に思い出せないが、“エックス”がこんなことを言っていた。 ――あのときも、今と同じように、何かヘマをやらかして落ち込んだ“エックス”を元気付けてやるために…だったか。 ゼロはふと、シエルと出会った頃のことを思い出す。 あのとき、必死に助けを求めてきたシエルをなりゆきで助けた。何故かほっとけなかったからだ。 その偶然の重なりの上に、生き延び、こうしている自分たち。 時折シエルを見ていて、ゼロは心の奥で何か特別な感情を感じた。 それは常に“エックス”を思い出させる。 その感情は何なのだろうかとゼロは考える。 だが、しばらくすると飽きたのでやめた。 ――別に結論が出たところで、何かあるわけでもないだろう。 ゼロは再び、目の前の光景をぼんやりと眺めた。 やがて日が落ち、空に星が瞬き始める。 目の前の緑の世界は、月明かりが微かに照らすだけの真っ暗な世界へと変わっていく。 シエルはそんな世界もまた素晴らしいと思い、怖いという感情は感じなかった。 ――きっとゼロが傍にいるからだわ。 そう思うシエルは少しロマンチックな気持ちになっていた。 「ゼロは私のこと……どう思ってるの?」 目の前のロマンチックな風景に刺激されて、シエルはゼロに問いかけていた。 「さあな」 そっけなく言って、ゼロは再び黙る。 「……じゃあ、せめて」 シエルは予想どおりの展開に脱力しながらも、勇気を出して言葉を続ける。 「…また、ここに連れてきてくれる?」 「?」 「デートしよv」 「デート?」 「そう、デート! そのときに今の答えを聞かせて」 ゼロの場合、少々強引に出ないと、このままずっとあやふやなままだ。 叶うことのない想いなら、このままでいいと思わないまでもない。 でも、弱気になってはいけない。 傷つく事に弱虫なんて、乙女がすたるもの。 可能性があるなら、あきらめずそれに賭けてみたい。 そうやって、私はずっと生きてきたんじゃない。 シエルはそう思った。 「…………そろそろ戻るぞ」 ゼロは立ち上がると、背を向けて歩き出した。 「ちょっと、ゼロ……」 慌ててシエルも立ち上がると、その後を追う。 あてが外れたかしら…としゅんとしながら、横を歩くゼロの顔を見つめる。 ゼロはそんなシエルの顔を横目でちらりと見返した。 「……考えておく」 そう短く言うと、視線を前に戻す。 ゼロの言葉や態度は横柄である。だが、シエルの顔は明るくなる。ゼロが了承してくれたのが、微妙な表情の雰囲気から感じとれたからである。 「約束よ。絶対、決めたから…!」 ――約束は守れなかったな。 ラグナロクの爆発に巻き込まれる瞬間、ゼロはそう思った。 ゼロはサイバー空間を漂っていた。 ゆっくりだが、確実に最期の時が迫っているのがわかった。 今までの出来事がゼロの脳裏に浮かんでは消えていく。 『ゼロ……ゼロ……!』 自分を呼ぶ声が聞こえた。 『ありがとう、ゼロ。これで人とレプリロイドの平和が守られた』 ゼロが目を開けると、自分の顔をじっと覗き込んでいる“エックス”がいた。 「“エックス”か…」 ゼロは残った力で口元に笑みを浮かべる。 手を伸ばして頬に触れてやりたかったが、体が無性にだるく、腕に力が入らなくなっていた。 『ずっとずっと遠い昔……ネオ・アルカディアがない頃に戻ったけど、人間もレプリロイドもみんな、きっと大丈夫だよ。もう、君の力も、ボクの加護も、何もかも必要なくなった。英雄という名の幻想に惑わされることなく、みんな自分の力で生きていける』 「ああ」 集落の人間たちももう大丈夫だ。 ネオ・アルカディアにいた人間たちも最初は戸惑うだろうが、人間はそう弱い生き物ではない。 「…こうして、お前に看取ってもらうのは二度目だな」 あれは遠い昔――VAVAとの戦いで“エックス”を守るために自爆攻撃を行ったとき。 だが、あのときと違うのは、なすべきことを成し遂げたという安堵感があることだ。 『…そんな悲しいこと言わないで。きっと…大丈夫』 「自分のことだ。よくわかる」 ゼロはふんと笑う。 『ゼロ……。せっかくボクたちの力を必要としない新しい世界が来たっていうのに……』 「いや、オレはまもなく消え去る」 『ゼロ……』 「……“エックス”。お前はどうするんだ?」 “エックス”は自分の胸に手を当てると、微笑んだ。 『みんなにとって、この機械は災いの箱。ボクの力ももう必要ないよ。ボクはハルピュイアたちの傍にいて見守っていこうと思う。……ゼロは?』 「……消えゆくオレにそんなものはない」 そう言って、ゼロは目を閉じた。 “エックス”にもよくわかっていた。 ゼロの魂は想像以上にダメージを受けている。 たとえサイバー空間であろうとも、生き長らえるのは難しく、消滅の時が迫っていることを。 魂の消滅。それは何も残らず、完全に無に還る、本当の意味での死。 だが、“エックス”はなんとしてもゼロを救いたかった。 『ゼロ…君を死なせはしない』 “エックス”はゼロの顔を優しく掌で包み込む。 しかし、ゼロは口元に笑みを浮かべるだけだった。 『教えて。もし、このまま生きれるとしたらどうしたいの? 君は何を望むの?』 まるで危篤状態の患者に希望を与えるかのように、“エックス”はゼロに尋ねてみる。 ――オレの望みか。 ゼロは思案する。 「……これからは、のんびり暮らしてみるのも悪くない。シエルと共に、人間のように老いながら生きていけたらいいんだが……」 “シエル”と、ゼロが言うのを聞いて、“エックス”は瞳を悲しげに曇らせた。 無論、目を閉じたゼロにはその表情は見えなかったが。 『…………。わかったよ、ゼロ』 次第にゼロの意識が希薄になっていく。 「“エックス”……」 ゼロは最後に“エックス”の名を呟くように言うと、意識を手放し、そして、すべては無に還った……。 そのはずだった。 だが。 『もう……会う事もないだろうね』 『何故なら………、君は“ゼロ”という名の一人の人間なのだから……』 不思議なことに、そんな“エックス”の声が確かに聞こえた。 [ NEXT ] Thank you for reading♪(^^) |