― SOLITUDE 前編  ―

〜[ゼロとシエル] ロックマンゼロサイドストーリー12〜



 ゼロがオメガの攻撃から逃れて、レジスタンスベースに転送されてくると、シエルが駆け寄ってきた。
「ゼロ………!」
 シエルはゼロに抱きつく。
「ほんとに…無事でよかった……」
 シエルはゼロの胸に顔を埋めたまま、心底安心したように呟く。
 ゼロはシエルの背中をそっと撫でてやる。
「もう……二度と………あんな無茶……しないでね」
 シエルはしばらくぎゅっと抱きついてから、ゼロの顔を見た。
 ミサイルの後方から侵入して、オメガごとミサイルをしとめようとしたゼロ。
 がさつで大雑把なゼロはいつも無茶な行動をする。そのたびに、シエルは気が気じゃなかった。だが、シエルには一緒に戦う力もなく、ただゼロを待ち続けるしかできない。シエルはそんな自分をいつも歯がゆく思っていた。
「お願いよ……」
「………。考えておこう……」
 ゼロはぶっきらぼうに答えた。
「ところで……ハルピュイアは…?」
 オメガに立ち向かい、返り討ちにされて倒れたハルピュイアは、ゼロより先に転送されてきたはずだ。
「セルヴォがメンテナンスルームに連れて行ったわ。傷は、それほど深くはないみたいだけど……しばらく安静にしないとだめみたい………」
 シエルはハルピュイアを気遣っているのか、心配そうな表情を浮かべる。
「………ほんとに………大変なことになってしまったわね……」
 シエルはため息をつく。
「今、オペレーターさんたちに可能なかぎり情報を集めてもらってるわ。分析には、時間がかかりそうなの。それまで少し休んでいて…」
「大丈夫だ。それほどヤワじゃない」
「そう…わかったわ……」
 シエルはゼロの様子に笑顔で頷く。
 だが、次の瞬間、シエルは考え込むように、深刻そうな表情をする。
「…それにしても、ダークエルフのためとは言え…、ネオ・アルカディアが人間たちのいるエリアにミサイルを落とすなんて…」
 レプリロイドにとって、人間を傷つける行為は最大のタブー。たとえ、それがどんな悪人であっても例外ではない。
 イレギュラー化したレプリロイドが人間に危害を加えるのを恐れるあまり、無実のレプリロイドまでも大量に処理してまで、人間を過剰に保護してきたネオ・アルカディア。
 そのネオ・アルカディアが、『ダークエルフを手に入れる』…そのためだけに、長い間過剰なまでに守ってきた人間たちも犠牲にした。
 ネオ・アルカディアの異常な事態。そうさせているのは、復権したコピーエックスの影にいるドクター・バイル。
 そう考えると、シエルはますます疑念をつのらせた。
「……バイルは…何を考えてるのかしら」
「お前はどう思う?」
 シエルは下唇をかみながら、考えを巡らせる。
「うまく言葉にできないけど……。ただ、何か…恐ろしい意志を感じるの」
 今起きていることは、とてつもなく大きな事態の前触れに過ぎないのではないか…。シエルは微かに身震いする。
 不意に、短い機械音が司令室に響いた。
「通信回線に強制割り込み……! ネオ・アルカディアからです!」
 ジョーヌの言葉に、その場にいた誰もが驚く。
「繋げろ!」
 間髪入れずにゼロが叫ぶ。
 すると、正面の大型モニターにコピーエックスの姿が映し出された。コピーエックスの後ろには、バイルが不敵な笑みをたたえて控えている。
「ギ…ギギッ…きコえるカい…。レジスタンスのショクん…ソして…ドクター・シエル…」
 ノイズが混じった、無機質な声が響き渡る。
「コピー…エックス……!」
 自分の作品との意外な再会にシエルは驚く。
 コピーエックスは、通信に出たゼロとシエルのみならず、まるでレジスタンスベースにいるレプリロイド全員に語りかけるかのように話し始める。
「ダークエルフは、ついにわれワれのもノとナっタ…。くダらない争いは、終わりにしタい…。君たちに降伏を呼びカけるこトにしたよ」
「降伏ですって…?」
 コピーエックスは後ろに控えているバイルを見る。
 バイルはモニター越しにシエルを見据えると、口を開いた。
「君の発明した新エネルギーシステマ・シエルを我々に渡してほしい。そうすれば、君たちイレギュラーの安全は、保証しよう…」
「そんな……」
 シエルが絶句するのを見て、バイルは冷笑する。
「君が送ってくれたシステマ・シエルの情報を解析した結果…、ダークエルフと組み合わせることにより……莫大なエネルギーを生み出す可能性があることがわかったのだよ。これでエネルギー不足は、一挙に解決。もう、お前たちを処分する必要もない……」
 バイルの目には冷徹な光が宿っていた。その口調には有無を言わさない迫力を込めている。
 バイルはコピーエックスをちらりと見る。それに気づいたコピーエックスは小さく頷くと、バイルの言葉に続く。
「シエル…キみの答エ一つで世界は、平和になルんだよ…」
 コピーエックスはバイルの提案に従うように言った。
 シエルは目を閉じてじっと考える。
 ゼロはシエルの横顔を静かに見守っていた。
「……………。あなたたちは……信用……できません………」
 シエルは目を開くと、モニターに映るコピーエックスとバイルに告げた。
「…なんだっテ?」
 シエルはコピーエックスに視線を据えた。コピーエックスはそれを挑戦と受け取ったらしく、憮然として睨み返す。二人の内心を表すかのように虚空に怒りがわだかまっていった。
 コピーエックスの傍に控えているバイルは先ほどと変わらない表情だった。恐らくこの返答は想定内だったのだろう。
「ダークエルフを手に入れるために人間を犠牲にするような……、そんな…あなたたちは……信用できません!」
 シエルは真っ向からコピーエックスとバイルを睨みつけた。
 自分の答えが仲間を危険にさらすことは理解している。
 だが、ここで二人の要求に従えば、さらなる悲劇を起こすことになるだろう。そんなことはさせない。
 シエルは拳をぎゅっと握り締めた。
「システマ・シエルは、渡さない。これは、人とレプリロイドが平和にくらすためのものだから!」
 シエルの言葉を聞いて、ゼロは口元に笑みを浮かべる。
「…そレが…答えか…。いいだろウ…」
 コピーエックスはむすっとした顔をシエルに向けていたが、やがて大きなため息をつくと、ひょいと片手を上げる。
「おとナシく新エネルギーさえ渡セバ、平和的に解決してやろウと思っタのニ……本ッ当にバカな連中」
 コピーエックスは、画面の向こうにいるゼロとシエルを嘲るかのように言い放った。
「ハルピュイアは…」
 突然、シエルがコピーエックスの言葉を遮る。
「ハルピュイアは、重傷を負って……、今レジスタンスベースにいるわ」
 いきなりハルピュイアの名前を出されたコピーエックスは訝しげな顔をする。
「ハルピュイアはオメガに戦いを挑んで…傷を負って……、今は意識不明の状態になっているのよ…」
「そう…」
 コピーエックスの返答はそっけないものだった。
「それだけ?」
 シエルは声を荒げた。その瞳には怒りが宿っている。
「ハルピュイアは幹部の座ヲ下ろした。ボクにはもう関係ナい」
「本気でそう言ってるの?」
 シエルの言葉に、コピーエックスはバカにしたような笑みを浮かべると目を閉じる。
「ハルピュイア……お前タチニ匿わレてるってこトハ、今はお前たちノ仲間になっタんだ」
 コピーエックスは腕を後ろに回すと、ゼロとシエルから視線を反らす。その表情は暗く、どこか悲しげだった。
「…………ボクを長イ間散々苦しメテ……裏切って………、本当にヒドイよねぇ」
 コピーエックスは意味ありげに微笑んだ。長い月日を共に過ごしてきたハルピュイアの姿を思い浮かべる。
 ハルピュイアへの気持ちはすっかり冷えていたが、愛着がないと言えば嘘になる。
 しかし、ハルピュイアと共に生きてきたのは、『オリジナルエックスの身代わり』ではなく、紛れもない自分自身だったと言えるだろうか。そして、ハルピュイアは本当に誠実な守役だったのか。それとも、ただ仮面を被っていただけだったのか。
 そう思うコピーエックスの心に冷たい無関心と不信感が広がっていく。
「ふふっ……。勝手ニすればいいんだヨ、ハルピュイアなんか。怪我したノだって、天罰だよ。本当っに役立たズで能無しなんダカラ……」
「人の気持ちを何だと思ってるの!」
 シエルが怒鳴る。その剣幕に、コピーエックスは何コイツみたいなむっとした顔をする。
「言っていいことと悪いことの区別もつかないの! ハルピュイアの立場になって考えてみなさい! あなたがハルピュイアのために一生懸命尽くしたのに、そんなことを言われたらどうなの、嫌でしょう!」
 シエルの口調は、まるで子供を叱りつける親のようだった。
「あなたをあそこまで想って、大切にしてくれた人はいた? だったら、あなたも彼を大切にしてあげないとだめじゃない! そうでなきゃ、あなたは誰からも愛されなくなって、誰からも見放されて…一人ぼっちになって、必ず後悔することになるわよ。失ってから後悔したって手遅れなんだから! 大勢殺して……傷つけてばかりで……、他人の気持ちをわかろうともしないなんて……なんてかわいそうな人!」
 ゼロは口元に微かな笑みを浮かべ、緊迫した様子を楽しむかのようにコピーエックスに視線を移す。
 コピーエックスは黙って話を聞いているが、むすっと押し黙った表情からして、内心かなりおかんむりのようだった。
「コピーエックス。あなたは…今まで無実のレプリロイドを処理してまで守ってきた人間たちも犠牲にした……。あなたたちが何を考えてるのか、私にはわからない。でも、自分たちの目的のために大勢の人間やレプリロイドを犠牲にするなんて恐ろしいことは許されるものではないわ!」
 シエルはいつになく強い口調で語り続ける。
 シエルはコピーエックスの製作者という責任を今も感じていた。
 だからこそ、ハルピュイアの気持ちを踏みにじり、バイルの言うがまま身勝手に振舞い、罪を重ね続けるコピーエックスを自分が叱ってやらねばと思ったのかもしれない。
「あなたは間違っている! バイルの言いなりになるのはもうやめなさい。バイルはあなたを…」
「無礼者!」
 コピーエックスはきっとシエルを睨み返す。
「お前は人間。だかラ、人間の法によって裁かれるべきダ。ボクは人間を裁クつもりなんテない。ケど……」
 静かに語るコピーエックスの目がすっと細くなる。
「エネルギー資源を独占し……、ゼロという、おそロシい戦闘力を持つレプリロイドを保有していル……おまエタちなど、もハヤたダノうすヨごれたテロリストだ」
 コピーエックスは軽蔑の笑みを浮かべてみせた。
「シエル…人間のおまエがいたかラ、いマまで、手加減してイタが…イレギュラーともドモ処分してヤる!」
 そう、ネオ・アルカディアがレジスタンスに対して総攻撃になかなか踏み込めなかったのもそのためだった。
 どんな悪人であろうとも人間に危害を加えてはならない。
 これがレプリロイドの最大の禁忌である。
 それに加えて、過剰な人間保護政策を進めるコピーエックスにとって、ネオ・アルカディアに敵対する組織のリーダーで犯罪者であろうとも、人間であるかぎり、人間に危害を与えるようなことはできなかったのだ。
 だが、今のコピーエックスは違った。
 ダークエルフを手に入れるために、人間の居住区にミサイルを落とし、多くの人間たちの命を奪った。
 それがコピーエックスを吹っ切れさせていた。
 ダークエルフを手に入れるためにもう大勢殺したのだから、今さら一人殺したっておんなじ。
 すべては自分たちのため。
 自分のやってきたこと――ネオ・アルカディアの正義が正しいことを証明するため。
 相手が守るべき人間であろうとも、ボクたちの邪魔はさせない。
 人間であろうとレプリロイドであろうと、自分の大切な者のためならば、誰でも無限に強くなる。それは時として思考をも狂わせる。今のコピーエックスはまさにそうだった。
 コピーエックスは勢いよく通信回線を切断すると、傍らにいるバイルに命じる。
「バイル! 今すグレジスタンスベースへ総攻撃をかけろ! 人間がいたッてかまワナい! 皆殺しにするんダ!」
「承知しました。すべては我らの正義のために……」
 バイルは一礼すると、玉座の間を出ていく。
 コピーエックスの脳裏に先ほどのシエルの言葉が甦る。

 ダークエルフを手に入れるために人間を犠牲にするような……、そんな…あなたたちは……信用できません!
 あなたをあそこまで想って、大切にしてくれた人はいた?
 だったら、あなたも彼を大切にしてあげないとだめじゃない!
 大勢殺して……傷つけてばかりで……、他人の気持ちをわかろうともしないなんて……なんてかわいそうな人!

 コピーエックスの顔が歪む。
「愚か者ガ…」
 科学者風情が、このボクにあんな無礼な言葉を吐くなんて…。
 思い知らせてやる。人間だろうがかまうもんか。イレギュラー共々殺してやる。ボクたちの邪魔をする者は絶対許さない。
 ハルピュイアがどうしたっていうんだ。散々ボクにオリジナルエックスの身代わりを押し付けてきた。天罰だ。
 嫌い! ボクたちの邪魔をする奴はみんな大っ嫌いっっ! みんな、みんな、殺してやるっ! 
 コピーエックスは手をぎゅっと握り締めた。




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