― Freesia 後編  ―

〜[ゼロとシエル] ロックマンゼロサイドストーリー13〜



 十分後。シエルの部屋に駆けつけたロシニョルが、ベッドに寝かされたシエルの容態をてきぱきと診ていた。それをゼロとセルヴォが見守っている。
「寝不足による過労ね。後は目の酷使による眼精疲労と頭痛。風邪も引きかけてるみたい」
 ロシニョルはゼロとセルヴォに説明した。
「そういえば、昨日も徹夜してたな」
 ゼロが思い出したように言うと、ロシニョルはゼロを非難するような目で見た。
「何故やめさせなかったの?」
「あいつが望んだからだ」
 ゼロは即答する。ロシニョルはゼロの返答にため息をついた。
「人間は私たちレプリロイドとは違うのよ。適度な睡眠を取らないと体調を崩すわ。傍にいたあなたが止めなくてどうするの。あなたがやめさせてたら、シエルは体調を崩すことはなかったのよ」
「シエルがこうなったのは、オレのせいだと言うのか?」
「ええ」
 ロシニョルはきっぱり言うと、ゼロをそっと睨んだ。
「シエルお姉ちゃん!」
 扉が開くと同時に、アルエットが部屋へ駆け込んでくる。そしてベッドの傍に駆け寄ってきてシエルの顔を覗き込んだ。
「シエルお姉ちゃん〜」
「大丈夫よ。しっかり眠れば元気になるわ」
 ロシニョルはアルエットの肩を優しく抱く。
「じゃあ私は行くわ。ゼロ。シエルがこうなったのは半分あなたの責任よ。シエルをしっかり見ててあげてね」
 そう言ってアルエットの背中を押して出て行こうとする。
「いや! シエルお姉ちゃんと一緒にいるの!」
 叫ぶアルエットの口をロシニョルが手でふさぐ。それでももがもが言うアルエットに、ロシニョルは自分の口元に指を当てて、静かにしてと仕草で伝える。アルエットは眠るシエルをちらっと見ると、ふてくされたようにこくんと頷いた。
 ロシニョルはセルヴォに視線を送ると、アルエットを連れて部屋を出て行った。
「人間は我々レプリロイドとは違う。もう少し気をつけてやらんといかんな」
 セルヴォは眠るシエルを見ながら、ゼロに言った。
 ゼロは答えない。仏頂面のまま眠るシエルを黙って見つめていた。
「………。ゼロ、お前にはシエルがお似合いだぞ」
 いきなり唐突な話題を振られたゼロはいぶかしげにセルヴォを見る。
「いいかげんシエルの気持ちに応えてやったらどうだ。こんなになるまで、寝る間を惜しんで研究をしているのもお前のためじゃないのか」
 エネルギーが完成すれば、ネオ・アルカディアと争う理由もなくなる。何よりもゼロを戦わせなくてすむ。
 シエルがそう思って、最近無理をしていたのはまぎれもない事実である。
 セルヴォに指摘されるまでもなく、ゼロはシエルが自分を慕ってくれてるというのは知っていた。自分を慕ってくれていること。そしてその感情は、親愛の情を超越した感情であることも。
 ゼロもシエルを意識することはあった。しかし、そのときは決まってエックスの姿が脳裏に浮かんでいた。だからゼロは、自分がシエルに抱く想いはそのまま自分がエックスに抱いてる想いだと思い、決して表に出さなかった。エックスの代わりなど誰にもなれないし、シエルをエックスの身代わりにすれば、シエルの心を傷つけることになるからだ。
「エックスがお前にとって大切な存在なのは、私もよくわかる。だが、今のお前に必要なのはシエルのようにいつも傍にいて支えてくれる子じゃないのか?」
「……支えてやってるのはオレだと思うが」
 ゼロは部屋を見回す。
 シエルの部屋は至る所に機材や本や資料が散らばって乱雑きわまりない散らかりようだが、ところどころ片付けて綺麗になっている場所もある。それはゼロがやっていることである。
 研究に没頭している間、シエルは面倒くさがって身の回りのことがおざなりになり、部屋は散らかり放題にしがちである。
 シエルの部屋のあまりの惨状は、さすがのゼロも見かねるほどだった。だから、暇を持て余してることもあり、暇つぶしもかねて部屋を片付けてやっているのだ。
「……。まあ、それは置いといてだな…」
 セルヴォはこほんと咳払いをする。
「エックスに関しては、私は直接的な面識はない。ダークエルフ封印の為に自分の体を捧げる……きっと自分より他人の幸せを願う優しい性格なんだろう。昔、お前がずっと傍にいて守っていたぐらいの子だからな」
 ゼロは黙って、セルヴォの言葉に聞き入っている。
「しかし、エックスと私たちは住む世界が違う。エックスはネオ・アルカディアの統治者なんだ。もっと言えば、遠距離恋愛は長続きしないだろう」
「…けっこう言いたい放題だな」
 しれっとした視線を向けられ、セルヴォは再び咳払いをする。
「…私にはこれ以上どうこう言う権利はない。あくまで、これは私の意見であって、選ぶのはお前だ」
「ああ」
 セルヴォはふっと微笑み、立ち上がると、背を向けて部屋を出ていった。
 オレの気持ちか………。
 ゼロは机の上に散乱している本や資料を片付けながら考える。
 自分は百年という気が遠くなるような永い時間を眠っていた。
 百年という時間の重さ。
 戦っている間は気にする必要もなかった。
 しかし、訪れた平穏が、自分にそれを思い出させる。百年という時間の重さが自分にのしかかってくる。
 自分が眠っている間に多くのものが変わっていた。世界も、そしてエックスも。
 再会したエックスは昔と違っていた。
 外見は変わらないものの、どこかとらえがたい印象を受けた。そして、素直に自分に話をしなくなった。昔は何でも打ち明けて話してくれたというのに。ゼロは、自分の傍にいたはずのエックスが遠くへ行ってしまったように思い、自分一人が取り残されたような、なんともいえない寂しさを感じた。
 エックス。
 お前は百年という時間、何を思い、何を考えていたんだ?
『エックスはネオ・アルカディアの統治者なんだ』
 先ほどセルヴォが言った言葉が甦る。
 ネオ・アルカディア。統治者。自分とエックスの間にいつのまにか出来た壁。
 ゼロの脳裏にハルピュイアの姿が浮かぶ。
 百年前は自分の隣にいつもエックスがいて、エックスの隣には自分がいた。でも、自分がいない空白の時間。その間に、自分がいるべき場所にいたのは、ハルピュイアだったのかもしれない。
 ゼロはハルピュイアに良い印象は持っていなかった。敵ということを差し引いても、人を見下すようなお高く止まった態度が気に入らなかった。
 だが、風の神殿でエックスを守ってくれるように言ったハルピュイアの姿に、主人と部下ではない、それ以上の感情とエックスとの絆を感じた。ハルピュイアはエックスを深く尊敬し愛していたのだろう。
 たとえ命を失くしても、自分にとってかけがえのない大切な存在――エックスを守りたい。
 ハルピュイアもまたゼロと同じ想いを抱いていたのだ。
 もしかしたらエックスもハルピュイアを…。
 そう考えるゼロの目が微かに翳る。
「ゼロ……」
 突然聞こえた弱々しい声がゼロを現実に引き戻した。
 見ると、シエルがベッドに横たわったまま顔だけをこちらに向けている。
「気がついたのか」
「うん…目がちくちくして、頭もずきずき痛むの」
 シエルは額に手を当てる。
「眼精疲労からくる頭痛だろうとロシニョルが言ってた」
「そう…」
 シエルは寝返りをうち、身体の向きを変える。ゼロを見るシエルの口元に微かに笑みが浮かんでいた。
「ずっと傍にいてくれたの?」
「ああ。ロシニョルに責任が半分オレにあると言われてな」
「ゼロのせいなんかじゃないわ。私が好きでしたことなんだから」
「それはわかってる」
 ゼロは近くにあった椅子にでんと腰掛け、ふんぞり返る。ゼロらしい返事にシエルは弱々しく微笑んだ。
「私は…ゼロみたいに戦う力はないから…科学の力で皆を守りたいの」
「無理をして倒れたら、意味がないと思うぞ」
「……一分一秒でも時間が勿体無かったから。だって時間は大事だもの。私は人間だから……」
「人間か……」
 再びゼロは遠い目をする。
 するとシエルは悲しそうな顔をして黙り込む。
「どうした?」
 シエルの様子に気づいたゼロが問い掛ける。だがシエルは答えない。切ない表情でゼロをじっと見つめていた。
 さっきと同じ遠くを見る目。またエックスのことを考えてるのね。お願い…エックスのことを見ないで。私だけを見て。
 シエルはゼロの手をつかんだ。
「お願い…」
 そう言うのが精一杯だった。いつの間にか、目から涙が溢れ出し、シエルは泣いていた。
「どこか痛むのか?」
 シエルはゼロの手をぎゅっと強く握る。体調が悪くなっていることが、シエルを弱気にさせていた。
「…お願い……人間の私に永遠はないから、せめて…今は傍にいて欲しいの」
 シエルの言葉をゼロは黙って聞いている。
「なんで私……レプリロイドじゃないのかしら。レプリロイドだったら、ずっとゼロと一緒にいられるのに……。いつまでも、ゼロのために研究をしていられるのに……」
「それは違うと思うぞ」
 ゼロは否定する。
「お前が人間だったから、今ここにいるんだろう。それに人間以外のお前は想像できん」
 ぶっきらぼうだが、力強い言葉だった。
「そうね…」
 私が人間だったから、ゼロに会えた。私が人間に生まれてたから、『シエル』だったからゼロに会えた。
「私ってバカね。そんな当たり前のことを忘れていたなんて…」
「疲れてるんだろう」
「ええ…そうね」
 シエルはゼロの手を握ったまま、再び仰向けに寝転がる。
「私が寝付くまで手を握ってて……。お願い、ゼロ…」
「ああ」
 ゼロが答えると、シエルは安心したように目を閉じる。
 恋をすることがこんなにも辛く切ないものだったとは知らなかった。でも、それだけじゃないのもわかる。わくわくして空を飛べそうなほど元気になるし、毎日が楽しいし、どんな困難にも立ち向かう勇気が湧いてくるのも事実だった。
 私が頑張れるのはゼロがいてくれるおかげ。やっぱり私は、ゼロ、あなたが大好き。たとえゼロと一緒にいた時間はエックスの方が長くても、好きだって気持ちはエックスにも負けない。エックスを超えられなきゃあなたに見てもらえないなら、私はエックスを超える完璧な女になる。ゼロに好きだって言わせるぐらいに自分を磨けばいいのよ。ゼロのために…。あなたのためなら、私はどこまでも頑張れるの。
 心の中でそう決心して、明日からまた頑張ろうと思いつつ、シエルは眠りに落ちていった。
 シエルが寝付いたのを見計らい、ゼロはシエルの手をほどき、そっと布団の中に入れてやる。シエルは安らかな寝顔で眠っている。その穏やかな表情を見ていると、やっぱりエックスを連想してしまう。
『ゼロ…!ゼロ……!』
 遠い昔、自分に無邪気に笑いかけていたエックスの顔が脳裏によぎる。
 オレはやはりエックスが好きだ。お前自身を見ているのではないなら、お前の気持ちに応えることはできない。
 そう思いながらゼロは立ち上がる。
「ゼロ……」
 シエルの声が小さく響く。ゼロがシエルの顔を見ると、シエルは静かに寝息をたてている。どうやら寝言のようだった。
 ゼロは立ったまま、シエルの寝顔を静かに見つめる。脳裏にシエルと過ごした日々が次々と甦ってきた。
 忘却の研究所で初めて出会ったときのシエル。
 『オレがゼロじゃなかったらどうする?』との問いに、『私にとっては、あなたはもうゼロなのよ』と明るく答えたシエル。
 レジスタンスベースに斬影軍団が総攻撃をかけてきて、投げやりな態度をとったシエル。
 科学の力で世界を平和にしてみせると語ったシエル。
 爆撃機迎撃に自分を連れて行けと懇願したシエル。
 次第に、その上にエックスの面影が重なっていく…。
 だが、一瞬。ゼロの脳裏に浮かんだエックスの顔の上に、はっきりとシエルの顔が再び浮かんだ。
 ゼロ。
 ゼロの中のシエルが、名前を呼んで微笑んだ。
「シエル……」
 ゼロは眠るシエルの顔に自分の顔を近づける。シエルの唇に自分の唇を重ねようとしたが、すんでのところで思いとどまった。
 やはりだめだ。
 そう思うゼロにまたシエルの寝言が聞こえてくる。
「ん…ゼロ……。ぐう……」
 ゼロはその寝言に苦笑すると、シエルの額にそっと口付けた。
「いつか…オレの頭に真っ先に浮かぶのがエックスではなくお前になったら、そのときは……」
 もう一度シエルの寝顔を見て呟いた。



 翌日。コンピューターの前で一心不乱にキーボードを叩いているシエルの目の前に、いきなりマグカップが差し出された。
 びっくりして傍らを見ると、いつのまにかゼロが立っていて、マグカップをシエルに差し出している。
「紅茶を入れてやった」
「まあ!」
 シエルの顔に満面の笑みが広がる。
「ありがとう…」
 嬉々としながらマグカップを受け取ったシエルは、次の瞬間硬直する。
「…………ゼロ、これ……」
「どうかしたのか?」
 シエルは引きつった表情のまま、ゼロにマグカップの中身を見せる。
「……お茶の葉だらけだけど」
 マグカップには、お湯でふやけて膨張した茶葉が溢れんばかりに詰まっていた。
「それが紅茶じゃないのか?」
「………あの…ゼロ、紅茶の入れ方知ってるの?」
「茶葉を入れてお湯を注ぐんだろ。簡単だ」
 ゼロの返答にシエルはため息をついた。
「…今度、紅茶の入れ方を書いたレシピを渡すから、そのとおりに入れてくれる?」
「飲みたくないなら、それでもかまわんぞ」
 ゼロが憮然として言うと、シエルは口を尖らせる。
「誰も飲まないなんて言ってないわ」
 シエルはほとんど茶葉だらけの紅茶を、なんとか茶葉を飲み込まないようにちびちびと飲む。
「…おいしい」
 紅茶にうるさい人間でなくとも、ゼロの入れた紅茶はとても飲めるようなものではないが、ゼロの気持ちがこもっている。そう思うと、シエルは特別な味に感じた。何よりゼロが初めて、自分のために入れてくれた紅茶なのだから。
 同時に、紅茶を入れてる時のゼロの様子を想像して、シエルはくすっと笑った。
「そうか」
 ゼロの表情は相変わらず仏頂面だが、微妙な言葉の雰囲気から、喜んでるようにも感じられた。
 ゼロの強情で素直じゃない、そんな反応が可愛く思えてきて、シエルは心でくすくす笑っていた。
 シエルはなんとか紅茶を飲み終えると、再び目の前のコンピューターと向き合う。
「シエル、昼寝の時間だ」
「あ、でももう少し…」
「だめだ」
 ゼロは言うが早いが、シエルをがばっと抱き上げる。
「きゃっ……ゼロっ!」
 シエルは思わず赤くなる。そんなシエルの反応などおかまいなしに、ゼロはすたすたとベッドに向かうと、シエルをベッドの上に放り投げた。
「ちょっと!」
 尻餅をついて抗議の声を上げるシエルにばさっと布団がかけられる。
「一時間たったら起こしてやる」
「もう…」
 シエルはしぶしぶ布団をかぶると横になった。
 ゼロは背を向けて、部屋の片づけを始めている。
 シエルが倒れた日以来、ゼロはシエルに無理やりにでも昼寝をさせて、適度な睡眠を取らせるようにしていた。
 ロシニョルに文句を言われるのは不愉快だからだ、というのがゼロの言い分だったが、シエルはゼロなりに自分を気遣ってくれているというのがわかっていた。そう思うと嬉しくなってくる。
 今はまだ、あなたの中にいるエックスを超えられない。でも、少しずつ、少しずつ、ゼロの中でエックス以上の存在になれるように頑張るから。
「おやすみなさい、ゼロ」
 シエルは小声で呟くと、目を閉じた。



[ END ]

[ BACK ]


Thank you for reading♪(^^)



『リマスタートラック ロックマンゼロ・ピュシス』に収録されている歌『Fressia』から生まれたお話です。

『Fressia』は歌詞からして、シエルがゼロへの想いを切々と歌った歌ですが、
『永遠はないから』の部分に、機械で長寿のゼロと人間で短命のシエルの間の壁、種族の違い等々、
シエルの恋愛に対する苦悩などを感じて、こんな話になりました。

ちなみにエックスは、この子のパーツやDNAからレヴィアタンが生まれたことなどから、
いわゆるセレナードみたいな存在ではないかと思い、シエルの最大のライバルとして書きました
(ダークホースはアルエットかもしれないですが(^^;))。

シエルは天才科学者でレジスタンスを率いるなど、一見普通の子とは違うように見えますが、
決して完璧ではなく、ゲーム中の端々の台詞からも察するに、根はどこにでもいる普通の女の子
なんだと思うので、そこら辺にいる子のように、恋愛に一喜一憂するシエルの心情を感じて頂ければ幸いです。



ロックマンゼロ サイドストーリーに戻る


トップに戻る