― イノセントティアーズ 前編 ―

〜[ハルピュイアとコピーエックス] ロックマンゼロサイドストーリー9〜



 トランスルームにそっと入ってきたコピーエックスは辺りに誰もいないのを確認すると、手早く端末に識別コードを入力した。すると、稼動音と共にトランスサーバが起動し始める。
 わくわくしながら、コピーエックスはその上に乗ろうと一歩踏み出した。
 その時。
「どちらへ行かれるのです?」
 コピーエックスは聞き慣れた声にぎょっとする。
 背後を振り返ると、トランスルームの入り口に、両手を腰にあててこちらを見つめるハルピュイアが立っていた。
「ハルピュイア……」
 コピーエックスの顔が、途端にがっかりした失望の表情に変わる。
「ここで何をなさっているのです? 確か、今はファーブニルが護衛に付いていたはず」
 いつもならコピーエックスの護衛はファントムの役目だった。
 本来エックスの護衛はファントムが率いる軍団『斬影軍団』の者の仕事でもあったが、今はまだ秘密を知る幹部以外、コピーエックスに誰も近づけさせるわけにはいかなかった。
 さすがに“エックス”の行動や性格ががらりと変わっていたら、誰かしら不審に思うことだろう。
 秘密というのはどこから漏れるとも限らない。
 だから、コピーエックスの存在は信頼できる自分たち幹部のみの秘密とし、コピーエックスが最低限“エックス”の代理として申し分なくなるようになるまでは、“エックス”がいるように見せかけ、ハルピュイアが統治者代行を行い、ファントム一人が護衛として付き添っていた。
 すべてはコピーエックスを守るため、そして、エリアXから出ないようにするために。
 元々エリアXは宇宙にあり、ごく一部の者しか出入りできない。コピーエックスの存在を隠すにはうってつけの場所とも言えた。
 だが当のファントム、そしてレヴィアタンも任務で留守にしているため、今日はファーブニルがコピーエックスの護衛についていたはずだったのだが…。
「今、ファーブニルとかくれんぼしてるんだ。ボクが鬼」
 コピーエックスは開き直ったのか、ハルピュイアの問いに悪びれなく答えた。
 それを聞いて、ハルピュイアは納得する。
 ファーブニルが隠れているうちに、コピーエックスは部屋を抜け出したのだ。
「だから、ファーブニルを探しに行くんだ。何か文句あるのか?」
 コピーエックスは何やらえばるように胸を張る。
「エリアXの外へですか?」
 ハルピュイアの言葉に、コピーエックスはうっと言葉を詰まらせる。
「とにかくお部屋に戻りましょう」
 言うが早いが、ハルピュイアはコピーエックスを抱き上げると歩き始める。
「下ろせ! 下ろせーーーっ! 無礼者ーーーーーーーーっ!」
「エックス様。いつまでも子供のようなお戯れはお止め下さい」
 ハルピュイアは毅然とした表情のまま、ヒステリックに叫ぶコピーエックスに言い聞かせる。
「だって退屈なんだもん。いつ外に連れてってくれるんだ?」
 コピーエックスが起動して二週間が過ぎた。エリアXに来た当初は、初めて見る光景すべてにコピーエックスははしゃいで感動していたが、数日過ぎると飽きたらしく、外に出たいと言い始めた。
 だが、まだ表に出すわけにはいかない。下手すれば偽者だということがばれてしまうかもしれないからだ。“エックス”のコピーを作ったとなれば、大問題になるのは目に見えている。
 早く統治者として、執務をこなせるよう指導しなければならなかったが、その前に一つ問題があった。
 それは、完璧に“エックス”として振舞えるようにさせること。
 いくら外見だけ似ていても、中身を似せることは早々できない。
 どんなに頑張っても、性格や心まで完全に再現した複製体を造るなど、不可能なことである。
 言葉遣い、喋り方、立ち居振舞い、まずそれらを教えることが先であった。いきなり性格ががらりと変われば、誰だって怪しく思うだろう。
 ハルピュイアは執務の合間に、他の四天王と共にコピーエックスの相手をして、“エックス”のことを教え、“エックス”の代理にすべく指導していた。
 コピーエックスは起動したてで、高い能力を秘めているが、性格は好奇心旺盛で生まれたばかりの赤子同然である。そんなコピーエックスに、落ち着いた“エックス”の代理を演じさせるのは、ある意味大変だった。また、コピーエックスもそんな毎日に窮屈さを感じていた。
 退屈を感じているコピーエックスはエリアXの外へ行きたいと駄々をこね、ハルピュイアたちを困らせていたため、ハルピュイアは気が気でなかった。
 “エックス”だけでなく、コピーエックスまで失うわけにはいかない。
 その恐れが、なおさらハルピュイアのコピーエックスへの過保護に拍車をかけていた。
「外へ出ることはなりません」
 ハルピュイアは即座に否定する。
「何故だ!」
 それを聞いたコピーエックスは手足をばたばた振り回して暴れる。ハルピュイアは仕方なくコピーエックスを床に下ろした。
「外は危険です」
「平気だよ。ボク強いもん。ファーブニル相手だって負けないよ」
「いずれ、オレかファントムがお供してお連れいたしますから」
「いずれって何時? 一週間後? 一ヵ月後? 一年後?」
 コピーエックスはぷうと頬を膨らます。ハルピュイアはふとある考えが浮かんだ。
「エックス様。ならば良いところへお連れしましょう」
 それを聞いて、コピーエックスはとたんに笑顔になる。
「どこどこ?」
 さっきまでヒステリックに騒いでいたのもどこ吹く風で、コピーエックスはにこにこしている。こんな気持ちの切り替わりの早さは子供ならではなのだろう。
 ハルピュイアは、早く早くとせかすコピーエックスを伴い歩き始めた。



 ハルピュイアが連れていったのは玉座の間だった。途端にコピーエックスの表情が失望に変わる。
「つまんなーい」
 コピーエックスは露骨に不満を口にする。窓の外には壮麗な宇宙空間と地球が見えるが、そんな壮大な光景もすっかり見飽きていたからだ。
 むすっとしたコピーエックスをなだめつつ、ハルピュイアは地球がよく見える位置にコピーエックスを立たせる。
「ご覧下さい」
「地球だろ」
 コピーエックスはむーっとした不満顔でハルピュイアを見上げた。
「はい。エックス様はあの星に如何ほどの者が存在するかご存知ですか?」
「たくさん」
 コピーエックスはそっけなく答えた。
「仰る通りです。地球、いえ、ネオ・アルカディアには星の数に勝るとも劣らない、大勢の者が暮らしております」
 ハルピュイアは思慮深い、よく響く声で言った。
「ネオ・アルカディアに住まう多くの者たちを、統治者として守り、導くのが、エックス様、あなたの使命です。これは他の誰にもできないことなのです」
「ボクの?」
「はい」
 ハルピュイアはじっとコピーエックスを見つめたまま言った。
「あなたは定めを持って生まれてきました。それは避けられぬ定め。あなたにはすべきことがあるのですから、他の者とは違うのです。あなたがいなくなれば、皆が困ることになるのです」
 ハルピュイアの、いつもとは違う、微妙な雰囲気の変化を感じ取ったのか、コピーエックスは不思議そうにその顔を見つめ返す。
「あなたは我慢することを学ばねばなりません。特に他の人々の意見に耐えることを学ばねば…。時に辛いこともありましょう。ですが、あなたの意見でネオ・アルカディア全体の運命が決まるのです。あなたの意見が誤れば、それだけで命を失う者も出てきます」
 コピーエックスは不満を言うのを忘れ、じっとハルピュイアの言葉に聞き入っている。
「あなたの行うこと一つ一つに、ネオ・アルカディアに住まう者の運命が委ねられております。ですから、どうか子供のようなお戯れはお止め下さい。もっと落ち着かねば、良い統治者にはなれませんよ」
「……オリジナルのエックスもそうだったのか?」
「はい。毎日、統治者としての務めを嫌な顔一つされずにこなしておられました」
「だったら、ボクにだってできる。オリジナルエックスに負けない」
 コピーエックスは即答する。だが、その口調には何かやっかみのようなものが感じられた。
「…困難な務めですよ」
「大変なんだろうけど、ボクは平気だよ」
 コピーエックスは両手を腰にあてて、えばってみせる。そんなコピーエックスの様子にハルピュイアは笑みを浮かべた。
「我らもお力になります」
 すると、コピーエックスは凛とした表情になる。
「うん。ボクは君を信じてる。ね、ハルピュイア」
 今までと打って変わった落ち着いた表情と口調に、ハルピュイアは言葉を失う。
 それを見て、コピーエックスはいたずらが成功した子供のように、一転してきゃらきゃらと笑う。
「へっへーん、そっくり? 見せてもらったメモリーデータのオリジナルエックスを真似てみたんだ。ファントムやレヴィアタンにも聞いて、それなりに覚えてるんだよ。オリジナルエックスの癖とか口調とか色々」
 そう言って、コピーエックスはえばるように胸を張ってみせる。
 やはり、中身はそうそう変わってはくれないようだった。
 そんなコピーエックスを、ハルピュイアは笑顔のまま、懐かしそうな目でじっと見つめていた。
 コピーエックスはしばらく愉快そうに笑っていたが、ふと笑うのをやめて、再び思いつめたような表情になる。
「一つ聞いていいか?」
「何なりと」
「ハルピュイアは…ボクが統治者になっても、ずっとボクの傍にいてくれる? ボクをずっと助けてくれる?」
 少し不安げに尋ねるコピーエックスにハルピュイアは微笑んでみせる。
「あなたは、ネオ・アルカディアにとって必要不可欠な御方です。もちろん、オレにとってもです。あなたにお仕えすることはこの上ない喜び。オレは生涯あなたと共にあることでしょう。あなたはオレがずっとお守りいたします」
 そう言って、ハルピュイアは儀礼にのっとった優雅な身のこなしで、深々とお辞儀する。
 それを黙って聞いていたコピーエックスは、ぱあっと笑顔になる。
「ハルピュイアっっ♪」
 コピーエックスは嬉しそうにハルピュイアにむぎゅーっと抱きついてくる。
「あはっ! やっぱりハルピュイアはボクのハルピュイアだよ! ボク、エックスに生まれてきてよかった……!」
「エックス様…その、もう少しお慎みを」
「ん〜。別にいいんじゃない?」
「それでは臣下のけじめがつきません」
「うん。ハルピュイアがそう言うなら……」
 ちょっと残念そうな顔をして、コピーエックスはぱっと離れた。
 コピーエックスは喜怒哀楽を素直に表す。それだけに行動も素直でストレートだった。
 やはり“エックス”様とは違う、とハルピュイアは思った。
「ハルピュイア」
 コピーエックスはハルピュイアを見る。
「ボク、外に出られなくてもいい。だって、みんなそれだけボクのこと大事に思ってくれてるからなんだよね。だったら我慢する」
 ハルピュイアはその言葉に目を細める。
「ボクは統治者として、みんなを今よりもっと幸せにしてみせるから。それで皆が喜んでくれるなら、ボクだって嬉しいし」
 コピーエックスはそう言って、明るく笑った。




――バカだよ……。

 コピーエックスは記憶の中の自分に向かって、心の中で呟いた。
 確かにその言葉は本心だった。でも、今のコピーエックスにとっては過去の戯言だ。
 自分は特別。ネオ・アルカディアに住むみんなにとってかけがえのない存在。
 そんな自分を素直に嬉しく思い、ハルピュイアの言葉を無邪気に喜んだ。
 エリアXから外に出られなくても、それでもよかった。
 統治者としての仕事は大変だったが、ハルピュイアが寄り添い補佐してくれたし、コピーエックスの能力では苦にならなかった。
 だが、その気持ちは次第に変わっていった。
 最初は、皆から畏敬の目で見られることにも誇らしく思っていた。しかし、自分を称えられる度に、心のどこかでひっかかるものを感じていた。
 それが何なのか、月日が過ぎるうち、成長していくうちに、コピーエックスは次第にわかった。
 コピーエックスはふと思い出した過去を振り払うかのように、目の前の仕事を続ける。デスクの上にある書類を手にとると、機械に通し、手慣れた手つきで端末を操作する。
 コピーエックスの傍らにはハルピュイアがいた。コピーエックスは、自分と同じように書類に目を通し、黙々と執務をこなすハルピュイアを何気なくちらっと見る。
 それに気づいたハルピュイアが労わるような優しい目でコピーエックスを見つめ返した。
 普段誰も見ることがない、ハルピュイアの笑顔。コピーエックスを労わる優しい表情。
 だが。

――またその目……。

 コピーエックスは心の中で辟易する。
 いつの頃からか気づいた。ハルピュイアが自分を見る目は、オリジナルエックスの面影を自分の上に重ねて見ている目だと。
 ハルピュイアは自分に優しいし、好きだった。だが、ハルピュイアは自分を見ていたわけではなかったのだ。自分に言ったことは、すべて自分の上に重ねたオリジナルエックスの面影に対して言っていたことなのだと、コピーエックスは思っていた。
 そう思うと心の中がざわめく。
 コピーエックスはハルピュイアに優しくされるたびに腹立たしさを感じた。自分は身代わりだと思い知らされるから。あんなに大好きだったのに。起動したての頃、ハルピュイアへ抱いていた思慕も今はすっかり消えうせていた。
 あの日、ハルピュイアが見せた笑みも、今ならどういったものなのかよくわかる。オリジナルエックスの身代わりを得た安堵の笑みだったのだ。
「ハルピュイア。今日はもう疲れただろう。お前はもう休め」
「はい。それでは失礼いたします」
 ハルピュイアは命令に従い、立ち上がる。
「おやすみなさい、エックス様」
「うん。おやすみなさい」
 一礼して出ていくハルピュイアを、コピーエックスはいつものように笑顔で見送った。
 しばらくして、ハルピュイアが去っていなくなったのを見計らい、コピーエックスは立ち上がる。その表情からは先ほどの笑顔は消えていた。
 つかつかと扉の傍まで来ると、手にしたファイルを思い切り扉に投げつけた。そして、また拾い上げて叩きつける。
 一種のヒステリー行為である。
 何度もそれを繰り返し、コピーエックスは床にぺたんと座り込む。
 だが、これが今のコピーエックスにできるストレスを発散させる手段だった。
 あまり目立ったことをしてはばれてしまう。そして………捨てられる。
「そういい子でいなくちゃ……」
 コピーエックスは自分に言い聞かせるように小さく呟く。
「英雄でいなくちゃ…人間に頼られ愛される統治者でいなくては……。そうしないと、ボクは捨てられる……」
 自分はエックスでなかったら、何なのだろう。
 コピーエックスはいつも思っていた。
 そう思えば思うほど、わけがわからなくなってくる。
 生まれてからずっと、ネオ・アルカディアの象徴として、エックスとして、行動の自由以外はすべてにおいて丁重な扱いを受けてきた。
 自分の人生は幸せだっただろうか…と、コピーエックスはふと思った。
 
――違う。幸せなんかじゃない。
――みんながボクを閉じ込めて……。
――真なる統治者、平和の象徴なんて名ばかり。
――ネオ・アルカディアという檻に閉じ込められている囚人だ。

 そう思い、コピーエックスは肩を抱き、うなだれた。
 
――どんなに頑張っても…大勢のイレギュラーを処分して人間のために尽くしても……。
――みんなが見ているのは、ボクの上に重ねているオリジナルエックスの面影。
――みんなが誉めるのは、ボクじゃなくオリジナルエックス。
――ボクはいつまでも、ここにいないオリジナルエックスの影を演じていなければならない。
 
 逃げ出したい。ここを出て自由に…と、何度願ったことだろうか。
 だが、コピーエックスに行く当てなどどこにもない。
 ならば、ここに留まることが一番賢明で唯一の選択だった。少なくとも衣食住において困ることはない。
 憎みながらもハルピュイアたちに依存して、一人で生きていく勇気がない自分が一番許せなかった。
 
――でも、ボクは人形なんかじゃない。
――いつか……いつか、必ずひっくり返してやる。
――ボクはボクだって…みんなに認めさせてみせるから。

 コピーエックスの瞳から涙が溢れ出す。
 だがそれを拭おうともせず、顔を歪めたまま、自分の手をぎゅっと握り締めた。




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