〜[バイルとコピーエックス] ロックマンゼロサイドストーリー9〜
そんな中現れた、一体のレプリロイド。 ネオ・アルカディアの追撃を一蹴し、レジスタンスを救った伝説の英雄ゼロ。 コピーエックスは、ハルピュイアたちの報告を聞いて、自分と同じ英雄であるというゼロに次第に興味を抱くようになり、いつしか親近感も感じていた。 自分はずっと平和を維持すること、人間を守ることで、自分の存在を示そうと必死に頑張ってきた。ネオ・アルカディアの統治者として、平和の象徴として、英雄として、恥ずかしくないレプリロイドになろうと。 でも、ゼロはそんなものなしに自分を支えている。 それがコピーエックスには不思議だった。 何故?それを聞いてみたいと思った。 同時に、自分と同じ英雄だというレプリロイドに、懐かしさのような不可解な気持ちを抱き始めていた。 ゼロは何もないのに、それでも一人で生きている。 そんなゼロが羨ましかったのかもしれない。 もしかしたら、ゼロだったらボクをわかってくれるかもしれない…と、心の奥底でそう願っていたのかもしれない。自分を理解してくれる者を。それが敵であろうとも。 そう思い待ちわびた相手――ゼロが、ついにネオ・アルカディアの本部に潜入し、コピーエックスの目の前に現れた。 「ボクは伝説の英雄である君に会えるのを楽しみにしていたんだよ」 ハルピュイアたちを退け、二人きりになったコピーエックスは、目の前にいるゼロににこっと笑う。 その言葉は本当だった。 ゼロと会えるのを、コピーエックスは心底楽しみにしていた。 コピーエックスにとって、待ちわびたはずの出会い。 だが……。 「弱いな。オリジナルのエックスもそんなに弱かったのか?」 「なっ、なんだと…!」 戦いの中、ゼロが漏らした言葉に、コピーエックスの表情から笑いが消える。 ゼロは冷ややかな視線をコピーエックスに据えた。 「記憶は無くしたが、体は、かつての友を覚えているようだ……」 自分の言葉をじっと聞き入るコピーエックスに、ゼロは鋭く言い放つ。 「エックスはもっと強かった」 ゼロの言葉を聞いた瞬間、コピーエックスが変わった。 「……っ!?」 一瞬、ゼロは背筋が凍りついた。 それは、さすがのゼロもひるむほどの、強烈で純粋な殺気。 今のコピーエックスは、自分の周りにいるものなら、誰もが身震いせずにはいられないほど、体を貫かれるような鋭い殺気を漂わせていた。 オリジナルエックスと比べられること。 それは、コピーエックスにとって屈辱であり、絶対にしてはならないこと。 ましてや、オリジナルエックスがコピーエックスより優れているような意味合いの発言は、コピーエックスに対して絶対に言ってはならないことであり、禁句である。 ゼロは、コピーエックスの触れてはいけない部分に触れたのだ。 ゼロとコピーエックス。お互いがお互いを見つめあったまま、沈黙が流れる。 「ふふっ」 沈黙を破ったのは、コピーエックスの小さな笑い声だった。 ――なんだ…。 ――君までボクのことそんなふうに言うんだね…。 ――君ならわかってくれるって思ってたのに。 コピーエックスはズキンと胸が痛む。 ――痛い…。 ――痛くてたまらない…。 ――何でだよ。 ――何でこんなに苦しめるの? ――ずっと…君のこと…見ていたんだよ……。 ――同じ『英雄』の君なら…もしかしてボクを理解してくれるかもしれないって…。 ――なのに………。 コピーエックスはゼロへ抱いた期待が崩れていくのを感じた。 「……そう……なんだ………」 コピーエックスは俯くと、ふふ…と、また笑った。 ゼロに抱いていた親しみがあっけなく崩れたことに。こんな旧型レプリロイドに期待を抱いた自分をあざ笑うかのように。 ――どいつもこいつも、みんなオリジナルエックスのことばかり…。 ――どうして、みんなオリジナルエックスのことばかり言うの? ――どうして、みんなボクのことを見てくれないの? ――どうして、ハルピュイアも、ファーブニルも、レヴィアタンも、ファントムも………みんなボクを選んでくれないの? 様々な感情がコピーエックスの中で渦巻く。 そして、最後にたどり着いた結論は――― ――ゼロ、君がいなくなってしまえばいい。 ――そうすれば、ボクは苦しまなくてすむ。 ――だから………ゼロ。死んで。 そう思った瞬間、コピーエックスのゼロへの親近感や想いが殺意へと変わった。 先ほどとは打って変わったコピーエックスの様子に、ゼロは油断なく身構える。 「ボクは英雄。人間を守るのがボクの存在意義。ボクは英雄じゃなくちゃいけない……」 コピーエックスは、まるで糸を引かれたマリオネットのように不自然な早さで片手を上げる。次いで、うつむいた顔をかくんと上げると、虚ろな瞳をゼロに向けた。 「だって…英雄じゃなくなったら、ボクは…ボクは……」 そう言いながら、コピーエックスはふふっと笑う。だがその微笑は、今まで見せていた無邪気な笑顔とは違い、狂気のようなものをはらんでいた。 笑顔なのに、ぞっとするほど恐ろしく、そして何故か泣いているようにも見え、ゼロは訝しげに顔をしかめる。 「だから…ボクの邪魔をするものは、みんな壊すの…殺すの……」 コピーエックスは淡々と言いながら、上げた片手をすっと差し出すようにゼロの方へ伸ばす。 すると、コピーエックスの全身が青い光を発し始めた。 ゼロは一歩下がり身構えると、セイバーを握る手に力を込める。 「君もいらない……だから」 光に包まれたコピーエックスはにこっと笑う。 「壊してやる」 ――君なんていらない。 ――だから壊す……。 ――いらないから壊してやる! だが、コピーエックスのメモリーに残った最後の映像は、自分を冷ややかに見下すゼロの姿だった。 自分を呼ぶ声を聞いて、コピーエックスは瞳をそっと開けた。 「お目覚めのようですな」 コピーエックスの目の前に、老人の姿をしたレプリロイドがいた。正確には、『浮かんで』いた。 顔に刻まれた深いしわが、その老人の長い年月と経験を感じさせる。 コピーエックスは何気なく自分の姿を見て驚く。コピーエックスはカプセルに入れられ、体のあちこちに配線やチューブが繋がれている。起動する前と同じ状態だった。 辺りを見回すと、どこかの研究室のようだった。 ――ここはどこ…? 戸惑うコピーエックスに、老人が深々と頭を下げて挨拶する。 「お初にお目にかかります。私の名は、ドクター・バイルと申します」 「バイル?」 コピーエックスは自分の記憶――メモリースペースを探る。 ドクター・バイル。 妖精戦争を引き起こした張本人。 超一級戦犯として、遥か昔にネオ・アルカディアを追放された科学者。 「…何故、お前のような戦犯がここに?」 毅然とした態度を装いながらも、かすかに震えるコピーエックスの問いに答えたのは、父親のような優しさを持った声だった。 「おかわいそうに。あなたはオリジナルのエックスの身代わりに利用されている」 バイルがエックス――オリジナルエックスを呼び捨てにしたことに、コピーエックスは不思議そうな表情を浮かべる。ネオ・アルカディアにいる者は、誰もが“エックス”に畏敬の念を持ち、決して呼び捨てにはしないからだ。 だが、バイルはあえてオリジナルエックスの事を呼び捨てにした。 バイル自身が“エックス”にそんな感情を抱いていないこともあったが、コピーエックスの興味を引き、好感を得るために。 「私はあなたをお助けしたい一心で、打ち捨てられていたあなたを私がここへお連れしたのですよ」 「打ち捨てられた?」 「生かさず殺さず……ハルピュイアはあなたを再生させることができながら、あなたの残骸を隠し、打ち捨てていたのですよ。それでいて、皆にはあなたが生きていると見せかけ、その実、自分がネオ・アルカディアの統治者に納まっていたのです」 「う…嘘……」 ――確かに、ハルピュイアはボクを身代わりとして見ていた。 ――だが、ボクを、エックスを裏切る行為は絶対しない。 ――あいつはエックスを守ることを存在意義としているから。 「では、これは…どうでしょうか?」 バイルの掌にホログラフィのような映像が浮かび上がる。 砂嵐の中、倒れているゼロ。 そのゼロを助け、レジスタンスベースへと送ったハルピュイア。 次々と信じがたい場面が流れ、それを見たコピーエックスはショックを受けた。 「ハルピュイアはあなたの仇であるはずのゼロを助けた。そして、あろうことかレジスタンスの元へ送り届け、敵に戦力を取り戻させてネオ・アルカディアを危険にさらした。つまり、これはネオ・アルカディアへの、そして、あなたへの裏切りに他ならない」 コピーエックスは何も言わない。 内心はハルピュイアへの怒りと反発を抱いているのだろう。 だが統治者としてのプライドから、怒りと腹立たしさに澄ました態度を壊されまいと、顔を強張らせている。 そんなコピーエックスの様子に、バイルは心の中でほくそ笑みながら言葉を続ける。 「察するに、ハルピュイアは現在のネオ・アルカディアの、つまりはあなたの方針に逆らい、あくまでオリジナルエックスと同じ方針…人間とレプリロイドの協調を選んだのでしょうな。あなたがいないのをいいことに」 コピーエックスは呆然とバイルの言葉を聞いている。 「もしかしたら、あなたをこのまま放置し、自分が統治者になろうとしていたのかもしれません」 コピーエックスの心にどうしようもない怒りが広がっていく。このまま怒りに身を任せられたらと思う。 だが同時に湧き上がった、信じたくないという気持ちがそれを制する。 長い年月が過ぎ、知りたくない現実まで知り、ハルピュイアへの思慕などなくなっていたけれど。 忘れかけていた想いが甦る。 「信じたくない…とお思いのようですな」 コピーエックスはバイルの言葉に無言で俯いた。 「あなたは賢い。ですから、現実はどうなのかおわかりでしょう。果たして、ハルピュイアはそう思っていたのですかな?」 コピーエックスは何も言えない。そうじゃないと言い切れる自信がなかったからだ。 「あなたの見ていないところでハルピュイアは笑っています。ハルピュイアだけではありません。他の四天王も皆、あなたのことをあざ笑っています。自分のことしかわからない、愚かな人形だと……。あなたが信じるか否かは御自由です。ですが、事実は変わりません」 バイルは一呼吸置いてから言った。 「結局、ハルピュイアはあなたよりオリジナルエックスを選んだという事実は」 その言葉がとどめとなり、コピーエックスの心に深く突き刺さる。 コピーエックスは身代わりだと思い込み続けて以来、オリジナルエックスへのコンプレックスに常に苦しみ悩んできた。 ハルピュイアが自分を造らせたのも、“エックス”の代わりを求めたから。 ハルピュイア達が自分の向こうに別の存在――オリジナルエックスを重ねて見ている。 自分は、ハルピュイアたちにとっては身代わり人形なのだ。 自分で自覚していた事だったが、それを他人に言われると、一層聞き捨てならない事のように思えてくる。 ――許せない……。守ってくれるって言ったのに……。 コピーエックスは心がざわめき、激情に波打つのを感じる。 今まで感じたことのない、冷え冷えとした感覚。心の奥底をちりちりと焼き付けるような痛み。 それは『嫉妬』。 時として、愛憎の念は強いものである。 ハルピュイアに笑いかけ、無邪気にはしゃいでいた自分。 ハルピュイア、ファーブニル、レヴィアタン、ファントム…四天王と共に過ごした時間、思い出。 それらが脳裏に走馬灯のように流れ、そして砕けて消え去る。 嫉妬が、憎しみが、何もかも壊していく。 ハルピュイアを信じようとする気持ち。ファーブニル、レヴィアタン、ファントムを信じる気持ちが崩れていく。 コピーエックスはどうしたらいいのかわからず、目の前のバイルをすがるような目で見た。 「嘘だと思いたいのでしたら、それもまたよろしいでしょう。その幻想を拠り所として、皆に利用され、オリジナルエックスが戻り、打ち捨てられるその時まで生きるのも……」 バイルの言葉は容赦なくコピーエックスの心をボロボロにしていく。 「…………。みんな…ボクのことを見てくれない…。ボクは……どんなに頑張っても……やっぱりだめなんだね。ハルピュイアは……」 コピーエックスは自分を嘲るように、乾いた笑みを漏らす。その瞳は虚ろだった。 そう、自分はハルピュイアたちに造られた“エックス”の身代わり、ネオ・アルカディアの最終防衛装置、対イレギュラーの兵器なのだと痛感したからだ。 「エネルギーだって、ただじゃないもんね。だったらいっそのこと、このまま無理に生かされてるより……捨てられてればよかったんだ! あのまま対イレギュラーの兵器として一生をまっとうしてればよかったんだ!」 自分のやってきた事は何だったのだろう。 コピーエックスは何もかもが虚しく感じた。その瞳にバイルの姿が映る。バイルは親が子を見るような目でコピーエックスを見つめている。 何故、心の奥底に隠していた気持ちを、初対面の老人に話しているのか…と、コピーエックスはふと思った。 誰でもいい。とにかく聞いてほしかった。今まで誰にも言えなかった本心、本当の気持ちを。 何故だか、バイルには話せた。自然と本音が漏れる。 当事者ではない、第三者のバイルならば、気持ちも言いやすかったのかもしれない。 「みんなオリジナルエックスのことばかり………どうしてボクを選んでくれないんだ?」 コピーエックスの声は次第に泣き声混じりになっていた。 「あなたは素晴らしい指導者です。あなたのおかげで世界は平和になり、人間はこれまでにない繁栄を取り戻した。あなたが苦労して築き上げた理想郷を、レジスタンスが、そしてハルピュイアが壊そうとしている。それをこのまま黙って見ているおつもりですかな?」 バイルは優しい表情でコピーエックスを見た。 「私は、あなたがハルピュイアのような者に利用され、苦しむのをほおってはおけないのです。英雄であるあなたをあざ笑う者たちを許せない。あなたをそんな連中から守ってさし上げたいのですよ」 「ボクを……守る………?」 「何をためらう必要がありますか。ネオ・アルカディアの統治者、エックスはあなたです。ご自分の思われたことをなさればよいこと」 コピーエックスはバイルをじっと見つめる。 「あなたは、自分を守ってきた繭の中から一人で出るのが恐かった。ですから、憎みながらも依存していたのでしょう。四天王という庇護者に」 そうだ。ボクは自分を守ってきた籠の中から外へ出るのが恐かった。 だって、どこへ行けばいいんだ?行く当てもないし、路頭に迷うだけだ。 だったら、おとなしくエリアXにいれば…。 憎みながらもハルピュイアたちに依存している自分がいつも歯がゆかった。 いつも、籠の中の鳥のように自由を思い描き、本物の空や大地や海に想いを馳せていた。 「ならば、私がその手助けをしてさしあげましょう。私はあなたを復活させることができます。それだけではありません。あなたに更なる力を与えてさしあげましょう」 コピーエックスは虚ろな目でバイルを見る。 「思い知らせてやればよいのです。今の統治者はあなた。あなたを閉じ込めて、身代わりの枷をはめた者たちに、あなたの力を知らしめてやればよろしいのです。あなたにはそれだけの力がある」 「……思い知らせる? ハルピュイアたちに…………?」 失意の底に落ち、自分を見失っている者ほど、つけこみやすく、そして騙しやすい者はいない。 バイルの真意を悟るには、コピーエックスはあまりにも幼く順調すぎた。 「バイル」 「はい」 「ボクの中に……ハルピュイアをまだ信じようとするボクがいる。お前に任せれば……ボクはそんな気持ちを捨てることができるの? ボクは自由になれるの?」 バイルに尋ねるコピーエックスの声は微かに震えていた。 「勿論ですとも。私があなたの心の迷いを拭い去り、あなたを自由にしてさしあげます」 そう答えて微笑むバイルを、コピーエックスは黙って見つめる。 怖い。 心のどこかで何かがそうしてはならないと告げる。 だが、目の前の老人にすべてを託せば、自分がずっと望んでいたもの――自由が得られる。 オリジナルエックスの身代わりでない、本当の自分になれる。 自分を縛っていた者から解放される。 そう思った時、コピーエックスはそんなためらいを捨て去った。 「バイル。もう一つ聞いていい?」 「何なりと」 「本当にボクの傍にいてくれる……ボクを守ってくれる………?」 「あなたのお望みのままに」 バイルは笑みを浮かべてコピーエックスを見つめる。 ――当然だ。お前はわしの復讐に必要な道具。 ――ネオ・アルカディアを我が物にするためのな。 バイルが長年計画してきた復讐の成就。そのためには、ネオ・アルカディアの統治者であるエックス――目の前にいるバカな機械人形を利用することが絶対条件だった。 そんなバイルの胸の内を知らない、コピーエックスは安堵したように瞳を閉じる。 その瞳から涙が一筋流れた。 ――ハルピュイア…ファーブニル…レヴィアタン…ファントム。 ――そして……ゼロ。 ――みんなボクとオリジナルエックスを比べて…。 ――でも、バイルは最初からボクを選んでくれた。 ――この人なら…バイルなら……。 だが、コピーエックスは気づいてはいなかった。 自由への夢。自分というかけがえのない存在を認めてもらいたいという願い。 それらが自分を悲劇という方向に誘い始めていることに。 その純粋な想いを打ち砕く現実が待っていることを、人形はまだ知らなかった。
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