〜[コピーエックスとオリジナルエックス] ロックマンゼロサイドストーリー9〜
バイルを従えてネオ・アルカディアに帰還したコピーエックスは、バイルの言うままに行動した。 ハルピュイアを遠ざけ、バイルを幹部にとりたてた。 ダークエルフを手に入れ、オメガと融合させ、ネオ・アルカディアに更なる力を取り込むことにも成功した。 すべては順調だった。 あとは生意気なテロリストたちを処分し、新エネルギーを手に入れれば、もう自分とバイルの邪魔をする者はいない。ずっとバイルと共に生きていけるのだ。コピーエックスはそう思っていた。 そう、再びゼロと対峙したその時までは。 「ボクは…ボクは正義の英雄なんダぞ…!」 コピーエックスは信じられないような目でゼロを見た。 ゼロと対峙するのは二度目だ。最初はエリアXで、二回目はこのエリアX−2で。 あのときとは比べ物にならないほどの力を手に入れた。 今度こそ自分が勝ち、本物の英雄になれるはずだった。なのに……。 ゼロはセイバーを手にしたまま、コピーエックスに一歩近づいた。 コピーエックスは怯えて後ずさる。 「バイル! ドクター・バイル! オメガを…オメガを出セ! コイツをひネりつぶセーッ!」 コピーエックスはヒステリックに叫んだ。 だが、バイルはコピーエックスの声に答えなかった。 いつも傍にいて、自分を一人にしたりしなかったバイル。 自分を守ってくれる存在がいないことに不安を感じたコピーエックスは、目に見えて動揺の表情を浮かべた。 「バイル……?」 コピーエックスは、もう一度震える声で呼びかける。 『彼はもう…ここにはいないよ』 上空からサイバーエルフが降りてくる。 それはゼロとコピーエックスの傍に降りたとたん、球状から人型へと姿を変えた。 自分と瓜二つの顔のサイバーエルフに、コピーエックスは驚きの声を上げる。 「な…なンだ、オマエハ!?」 「“エックス”…!」 ゼロがそう言うのを聞いて、コピーエックスは目を見開く。 「…エックスだと…!? オマエが…ボクの元にナったオリジナルのエックス…!?」 コピーエックスは目の前の“エックス”をまじまじと見つめる。 「お前は…あのトきの……。お前か……お前だったノか……!」 “あのとき”とは、コピーエックスがゼロと最初に戦ったときである。 『みんなが身代わりだから優しくしたなんて……愛されなかったなんて君の思い違いだよ』 『本当は君もみんなが好きなんでしょう? だったら、みんなを信じてあげて。信じなきゃ、いつまでたっても安らぎは得られない。一人一人じゃ誰も生きられない……』 戦いの最中、ゼロを守り、自分にそう話しかけてきた蒼いサイバーエルフだった。 驚くコピーエックスに、“エックス”はまるで親が子を諭すような優しい声で言った。 『バイルは…この本部を捨て別のところに移ったよ。オメガを連れてね…。君はバイルに利用されていただけなんだよ…』 「嘘だ…! だって、バイルはボクを守ってくれるって……!」 コピーエックスは信じられないといった表情で首を振ると、再度呼びかける。 「バイル! …バイル………!」 だが、答えるものなど誰もいない。 それが何を意味するのか、真実はどうなのか、コピーエックスはいやがおうにも痛感した。 コピーエックスが視線を“エックス”に戻す。 “エックス”は痛々しそうにコピーエックスを見つめていた。 「ア……」 バイルはもういない。 自分は完全に一人になったと思ったコピーエックスは怯えて後ずさる。 その表情は、守ってくれる保護者を失い、どうしたらいいかわからず戸惑うような、そんな幼い子供のものになっていた。 そんなコピーエックスの心を察して、“エックス”は優しく微笑む。 『君は一人なんかじゃないよ。ハルピュイアが待ってる』 「ハルピュイアが……?」 『どうか君を本当に大事に思っている人……ハルピュイアのところに戻ってあげて』 「……お前の身代わりとして?」 コピーエックスは、ふふ…とひきつったように笑った。それを聞いて、“エックス”ははっとする。 『ううん、それは違う…』 「嘘だ!」 コピーエックスはぶんぶんと首を振る。 「お前になんかワカルもんか! 他人と比べられることガどれだけ辛いことか……!」 何かを言おうとした“エックス”は、コピーエックスの剣幕に言葉をつまらせる。 「ハルピュイアの目に見られることがどれだけ苦痛だったか……。エックス様と呼ばれるたびにどれだけ辛かったか………」 コピーエックスは自分の肩を抱くと、怒りと悲しみに満ちた目を“エックス”に向ける。 「お前は知ってたんだろう! ハルピュイアが、お前の代わりにボクを造らせて、お前の身代わりにしたことだって! あいつが見てるのはボクじゃない、お前だ! ていのいい身代わり人形にされたボクの気持ちがお前なんかにわかってたまるもんか!」 “エックス”は語りかけようとしたが、コピーエックスをどう呼ぶべきか戸惑う。 その様子を敏感に察したコピーエックスは再びひきつったように笑った。 「ボクの名前を呼べないダろう? ボクを“エックス”って。そうだろウね。だって、オマエもボクのこト身代わりだって思ってるから!」 『違う…それは違うよ…』 「違うもんか!」 コピーエックスは一喝して、“エックス”の言葉を遮る。 「頑張ったのに! 一生懸命頑張っタんだよ! 現にイレギュラーの検挙率は上がったシ、人間たちハこれ以上ないくライの平和と繁栄を取り戻した! ネオ・アルカディアは、人間が安心して暮らせる真ノ理想郷になった! みんな、みんな、オマエじゃない、ボクがやったことだ!」 コピーエックスの叫び声は涙ぐんでいた。 「デモ、みんながボクを誉め称えても、それはボクの上に重ねてるお前に言ってるダけ! お前のせいで、ボクは永遠に身代わりのまま! ハルピュイアも、ファーブニルも、レヴィアタンも、ファントムも……ボクをお前の身代わりにしか思ってナい……。誰もボクのことを見てハくれなかった……。そして、ゼロ! オマエも、オリジナルエックスの方ガ強いとボクをバカにした!」 コピーエックスは、成り行きを黙って見守っていたゼロを睨んだ。 「ナんで、ボクだけコんな思いをしなけれバナならないんだ! どうして、ボクだけ………。ハルピュイアが悪いんだ! ボクを勝手に生み出しテ、こんな惨めな思いをさセるなんて!」 そこまで叫んで、コピーエックスは“エックス”に視線を戻した。 「お前もダ! オリジナルエックス! イヤ、元はと言えば、みんなオマエが悪い!」 怒りの矛先をハルピュイアから“エックス”へと変えたコピーエックスは、感情のままひたすら“エックス”をなじる。 「勝手にいなクなって、いなくなった後モ、ボクを散々苦しめテ……、それデ今さらになって現れたの? ボクを笑うために?」 『あ……』 「どうして、お前ハいつまでもボクの邪魔をするの? なんデ、ボクをこんなに苦しめるノ? ボクがこんなニ苦しむのモ、みんながボクを選んでくれないのモ、お前のせい………みんなオマエのせいだ! お前が悪い!」 みんな“エックス”が悪い。 コピーエックスの狂気はこの言葉に言い尽くされていた。 ネオ・アルカディアの象徴、そして統治者としての重責。 “エックス”の身代わりとしての圧迫感。 自分という存在への戸惑いと苦悩。 “エックス”に対するコンプレックス。 そして、ハルピュイアに裏切られたと思い込んだ悲しみと怒り。 様々な感情にがんじがらめにされて、抑圧されたコピーエックスの心は、狂気に逃げ込むしか行き場はなかったのだ。 だが、コピーエックスをここまで追い込んだ原因が“エックス”にあるのはまぎれもない事実だった。 “エックス”は何も言えず、辛そうな表情を浮かべてうなだれた。 心の中の感情を思う存分“エックス”にぶつけて、少し落ち着いたのか、コピーエックスの口調が静かなものに変わる。 「……でも、バイルは最初から、オマエじゃなくボクを選んでくれた。だカら、バイルノ言うことナんだって聞いた。バイルと一緒にいるためニ……。ボクはバイルがいてくれれば、それでよかった………」 コピーエックスはバイルを思い、瞳を閉じる。 「……それナノニ、バイルまでボクのこといらないって言ウんだネ………!」 バイルに裏切られた……。 その悲しみが絶望に、そして怒りに、最後には憎悪に変わる。 コピーエックスの表情が怒りと憎悪に歪み出す。 「ギ…ギギッ…。お前もハルピュイアもバイルも……どいツも…こイつも…ボクをバカにしやがッテ…!」 コピーエックスの怒りの凄まじさを表すかのように、その声にひどい機械音が混じる。 「ゆるサナイ…許サないぞ…! ボクの…本当の力を…見せテやル…!」 コピーエックスはふわっと宙に浮かび上がる。両腕を自分の前にかざし、力を集中させ始めた。コピーエックスの全身が白く光り始める。 その途端、“エックス”は叫ぶ。 『いけない!』 コピーエックスが自分の体の異変に気づいたのはそのときだった。 「ギ…ガガ…!? カ…体が…しびれ…」 『バイルは君の体に罠を!』 コピーエックスの全身が様々な色に光り、膨大なエネルギーが溢れ出し、今までと桁違いの力がコピーエックスを中心として辺りに充満する。だが、それは今のコピーエックスの体には耐え切れないほどの膨大な力だった。 激痛がコピーエックスの全身を走り抜ける。 その苦痛のあまり、コピーエックスは両腕で自分の体を抱くようにして床にうずくまる。あまりの力の大きさに体が耐え切れず、崩壊を始めているのである。 力の暴走。 このままでは、暴走した巨大な力に耐え切れず、コピーエックスの体は崩壊し、消滅する。 だが発動してしまった以上、もう誰にもコピーエックスを救うすべはなかった。 ――いやだ、いやだ! ――死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!! コピーエックスは自分の死が間近に迫っているのをはっきりと感じた。恐怖と悲しみと絶望に満ちた表情になり、声にならない悲痛な叫びを上げる。 そんなコピーエックスを、“エックス”がぎゅっと抱きしめた。 まるで、恐怖、苦痛、絶望……そういった負の感情から、コピーエックスを守ってやろうとするかのように。 「いかん! “エックス”! 早くそいつから離れろ!」 ゼロはそう叫ぶと、“エックス”をコピーエックスから引き離そうとする。 このままでは、“エックス”まで崩壊に巻き込まれてしまう。今の“エックス”はサイバーエルフとはいえ危険だと、ゼロは本能的に察した。 だが、“エックス”は必死に首を振る。 『だめだ! この子がこうなったのはボクの責任だ。だから、ボクには最後までこの子を見守る義務がある……!』 「かっこつけてる場合か! お前まで巻き込まれる!」 ゼロは“エックス”を掴む腕に力を入れる。 「離れて……」 『え?』 「ボクから離れろ!」 コピーエックスは“エックス”をきっと睨みつけた。 その隙に、ゼロは“エックス”をコピーエックスから引き離す。そのまま抵抗する“エックス”を後ろから羽交い絞めにして、引きずるようにして後ずさり、コピーエックスから離れた。 「本当に残酷ダね…」 コピーエックスは悲痛な表情で“エックス”を見た。 「ボクを散々苦しメて…それでいい子ぶって……ソンナ優しい言葉をかけるなんテ………」 コピーエックスは泣いていた。 自分は何を信じればよかったのか。 自分を本当に想っていてくれたのは誰だったのか。 ハルピュイアの、自分を大切に思う気持ちが本物だったこと。 すべては自分の勝手な思い込みだったこと。 死の間際、正気に戻ったコピーエックスはそれらを理解し、初めて認めたのだ。 「お前さえいなケレば…こんな苦しい想い……しなくてヨカったのに…………」 コピーエックスの目から流れ落ちる涙が、光の粒のようにきらきらと光っている。 「お前さえいなければ……」 “エックス”は何も言えず、ただコピーエックスを見つめることしかできなかった。 「消えてしまえ……何もカも………こノ世界も、この想いも、このボク自身も…………!」 コピーエックスが自分の肩を抱き、そう叫んだ瞬間。辺りが白い光に包み込まれる。次いで爆発が起こった。 ゼロは“エックス”をかばうようにして床に伏せた。 コピーエックスの最後の叫びが、悲しい旋律となって、二人の心に深く深く響き渡る。 同時に、その旋律に含まれていたコピーエックスの想い―――断片的な記憶が視覚化され、二人の脳裏に走馬灯のように移っては消えていった。 「君の名前は?」 「申し遅れました。私の名はハルピュイアと申します。あなたにお仕えする四天王の筆頭を務めております」 四天王たちとの出会い。彼らと過ごした日々。“エックス”としての毎日。 そして………バイルとの出会い。 コピーエックスはバイルの言うことはなんでも聞き入れた。 ハルピュイアたち四天王を幹部から下ろし遠ざけ、バイルにネオ・アルカディアの幹部としての地位と権力を与えた。 レプリロイドは決して人間に危害を加えてはならない――レプリロイドにとっての最大の禁忌を破り、ダークエルフを手に入れるため人間の居住区にミサイルを落とし、新エネルギーを奪うため人間のシエルもろともレジスタンスを皆殺しにすることもためらうことなく実行した。 自分たちの、バイルの邪魔をする者は許さない。 すべてはバイルが望んだこと、バイルと一緒に生きていくため、バイルのためだったのだから。 それがコピーエックスの愛情表現。 バイルを失いたくないから、バイルに嫌われたくないから、バイルに喜んでもらいたいから、コピーエックスは自分に出来る精一杯をバイルに差し出したのだ。 だが、バイルはそんな自分を利用していただけだった。 バイルに裏切られた悲しみと絶望。 自分を生み出すきっかけとなった“エックス”への憎しみ。 ハルピュイアたちの愛情を裏切り続け、受け入れることができなかった自分への後悔。 様々な想いにがんじがらめにされ、何もかも消えてしまえばいいと苦しみながら、コピーエックスは死んでいった。 胸に突き刺さる、あまりにも純粋な悲しみ。 それはコピーエックスの最後の想い。 その痛みは、コピーエックスの残した心の旋律と共に、ゼロと“エックス”の心から決して消えることはなかった。 [ END ]
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