〜[ハルピュイアとコピーエックス] ロックマンゼロサイドストーリー17〜
「お待ちください、エックス様っ!」 ハルピュイアは廊下を足早に歩くコピーエックスの背中に声をかける。 コピーエックスは振り向かない。早歩きで自室へと向かう。 「エックス様!」 ハルピュイアが前に回り込むと、コピーエックスはようやく立ち止まった。だが、その表情はむすっとしたままだ。 「エックス様。あの男は危険です。あのような浅ましい者に御身を任せておられたら、いずれもっと恐ろしいことが起こります!」 ハルピュイアは必死に言い聞かせる。 幹部の座を下ろされてしまった今、この機会を逃せばコピーエックスに近づくことはおろか、話すことすら難しくなるだろう。たとえ不興をこうむろうとも、臣下として意見を申し上げなければならない。コピーエックスを守るために。 「……じゃあ、バイルは悪者で、お前はボクの味方だと言うのか?」 「はい」 ハルピュイアは即答する。 するとコピーエックスは腰に手を当てて、冷淡な目でじろじろとハルピュイアの顔を見つめた。 「だったら……なんでお前はゼロを助けたの?」 ハルピュイアはその言葉にびっくりすると同時に驚愕した。 「何も知らないと思ってるのか? みんなバイルが教えてくれた!」 それを聞いて、ハルピュイアの心はさらに動揺した。 「…本当なのか?」 コピーエックスはハルピュイアの返答を待つ。 内心、嘘だと言ってほしかった。 肯定されたら、今までハルピュイアに抱いてきた気持ち、共に過ごした時間が泡沫になってしまうような気がしたから。 ハルピュイアは意を決して口を開いた。 「言い訳するつもりはございません。オレがゼロを助けたのは本当です」 コピーエックスの顔が怒りに震える。 敵の、しかも自分の仇でもあるゼロを助けた。 これは許すことが出来ない裏切りだった。 何年も共に過ごしてきた相手がまったくの他人に思えた。優しいと思っていたハルピュイアは、バイルが言うとおり大嘘つきだったのだ。同時に、まだハルピュイアを信じようとしていた自分がいたことに一番腹が立った。 「この裏切り者!」 コピーエックスは手を振りかぶって、ハルピュイアの横っつらを思い切りひっぱたいた。 「大嘘つき! 恥を知れ!」 だがハルピュイアはよろけることもなく、目の前で怒りに震えているコピーエックスをじっと見つめた。そして片膝をついて跪くと、頭を下げる。 「お許しください、エックス様」 どんな言葉を言おうとも、コピーエックスが知ってしまった事実に対する埋め合わせはできない。そうわかっていたが、ハルピュイアは謝らずにはいられなかった。 コピーエックスは跪くハルピュイアをひきつった顔で見ていたが、身を翻し歩き始める。 「お待ちください、エックス様っ!」 ハルピュイアは慌てて後を追うと、コピーエックスの手を掴んだ。 「触れるな!」 コピーエックスは金切り声をあげると、勢いよく手を振り払った。 その顔を見たハルピュイアははっとする。 コピーエックスは悲しげな表情で顔をゆがめている。その目は裏切られたショックで涙ぐんでいた。 泣き顔を見られた羞恥心と怒りが加わり、コピーエックスはハルピュイアに向かってヒステリックに叫んだ。 「ボクを利用してただけだったんだ。ずっとずっとずっと!」 「エックス様、どうかオレの話を…」 「うるさいっ! 聞きたくないっ! 何も聞きたくないっ!」 コピーエックスはぶんぶんと頭を振ると、いらいらした口調で言い返した。 「科学者にまたエックスのコピーを造らせればいいだろう! ボクはスペアだもん。お前はエックスの姿をしてれば何だっていいんだ!」 「エックス様」 「もう何も聞きたくないっ! ほっといて!」 コピーエックスはどんとハルピュイアの胸を押す。 「ボクは君の人形じゃない! 嫌いっ、ハルピュイアなんか大っ嫌い!」 コピーエックスはそのまま走り去る。ハルピュイアは言葉もなく呆然と立ち尽くしていた。 ハルピュイアの脳裏にコピーエックスの目がよぎる。自分を心底憎む目。まるで深い闇の中に迷い込んだようで、ハルピュイアの心は凍りつきそうだった。 今一つだけ確かなことは、コピーエックスの信頼を失ってしまったこと。それはハルピュイアにとって身震いがするほど恐ろしく、そしてとても悲しいことだった。 ハルピュイアは目を閉じ、うなだれる。一瞬、バイルの嘲笑う声が聞こえたような気がした。 『君はバイルに利用されていただけなんだよ…』 コピーエックスはその言葉と現実に思い知らされた。 いくら打ち消しても消せなかったハルピュイアへの気持ちは本物だったこと。 しかし、それに気づいたのはあまりにも遅すぎた。 最後の瞬間、コピーエックスの脳裏に浮かんだのは、二度と見たくないと思っていたハルピュイアの顔だった。 [ NEXT ]
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