〜[ハルピュイアとエックス(コピーエックス)] ロックマンゼロサイドストーリー7〜
雪原に墜落した、壊れた宇宙船。 その奥で、オレはエックス様と再会した。 『ギギッ…ハルピュイアか。フフ…かわりない…な』 変わらぬ幼い笑顔に反比例するかのような、無機質で、ノイズの混ざる機械音のような声。 だが再会したお方は、オレの知っているエックス様ではなかった……。 「おマエたちノヨうなノウナシにはもウ、あキアきした。キみたち四天王は…カンブからオリてもらウよ…」 コピーエックスの金属音のような声が玉座の間に静かに響く。 ハルピュイアはその言葉に、自分の聴覚回路を疑った。 「ドクター・バイル…。全軍の指揮は…君にまカせる。やっテクれる…ナ」 コピーエックスは傍らにいるバイルを見る。 バイルは我が意を得たりとばかりに微笑むと、深々と頭を下げた。 「クーックックックッ…了解致しました。必ずやダークエルフを手に入れましょう。レジスタンスの手に渡り…この世界の脅威とならぬよう…クーックックッ」 「エックス様、今一度お考えを!」 ハルピュイアの凛とした声が響き渡る。 「人間を守ることが我らネオ・アルカディアの正義だったはず。それなのに、そのような浅ましい者の言うままに、ダークエルフを手に入れるため、多くの人間達を巻き添えにしてもよいと…そう仰られるのですか?」 ハルピュイアの訴えにコピーエックスは小首をかしげる。 「……だカら、何?」 コピーエックスはくすっと笑う。それは普段見ていたものと変わらぬ笑顔。 ハルピュイアはコピーエックスの思わぬ反応に驚く。 「…コンナ命令も平気で出セルようになったのは、君のおかげダよ」 続く言葉がハルピュイアに更なる衝撃を与えた。 「エックス…さ…ま?」 「誉めてクレないの?ねエ、ハルピュイア」 コピーエックスはにこにこしながらハルピュイアを見つめる。 その時初めて、ハルピュイアはコピーエックスの笑顔の意味がわかった。 コピーエックスの顔は笑っているが、その目は笑っていない。あきらかに敵意を持って自分を見つめている。 今の笑顔は、いつも自分に向けられていたものと同じ笑顔だ。 つまり、今まで自分に見せてきたコピーエックスの笑顔はすべて作り物……心からの笑顔ではなかったことを、ハルピュイアは今理解したのだ。 「エックス様……」 ハルピュイアがコピーエックスを見る。その目を見て、コピーエックスはうっとおしそうに顔をしかめた。 「モウ、その目でボクを見ルナ!」 コピーエックスがヒステリックに叫ぶ。 「キミはどれだけボクを苦シメれば気ガ済むんだ!」 ハルピュイアは言葉を失う。まさかコピーエックスの口からそんな言葉を聞くことになるとは思っていなかったからだ。 「………」 怒りに身を任せて本音を叫んだことをプライドが許さなかったのか、コピーエックスは無言でハルピュイアから目を反らした。 反らした目が、そのまま傍にいるバイルの目と合う形になる。 バイルはそんなコピーエックスに、わかってますとばかりに頷くと、ハルピュイアの方を見る。 「聞いてのとおりだろう。もうエックス様はお前を必要としておられない。必要としておられるのは、この私、ドクター・バイル。そうですな、エックス様」 「そウだ」 コピーエックスはハルピュイアから目を反らしたまま即答する。 「エ、エックス様……」 ハルピュイアは信じられないといったように目を大きく見開く。 「さあ、エックス様。お疲れになられたでしょう。後は私が…」 「………」 コピーエックスは答えない。むすっとした顔で立ち上がる。 だが、それが了承の意味だというのはバイルにはわかっていた。 コピーエックスはバイルの横を通り過ぎると、ハルピュイアに一瞥もくれずに、すたすたと歩き始める。 「エックス様!」 後ろからハルピュイアが叫ぶ。 背中越しにその声を聞いて、コピーエックスは忌々しげに表情を歪め、手を握り締める。 そのまま歩みを早めて、最後には走るように玉座の間を出て行った。 「貴様…エックス様に何をした!」 コピーエックスがいなくなったとたん、ハルピュイアは今まで抑えていた怒りをバイルに向けた。 毅然とした表情を保ちながらも、事と次第によっては即座に斬り倒すと言わんばかりの殺気と怒りが全身から滲み出ている。 「違うな。わしはエックス様に何もしておらん」 バイルはそんなハルピュイアをせせら笑う。 「お前を拒んだのは、まぎれもなくエックス様のご意思だ」 「そんなバカな」 なおもハルピュイアは食い下がらない。 「うちの子にかぎって…、とでも言いたげだな」 バイルはふんと鼻先で笑った。 「自分で思うほど、エックス様の事を知らないのではないのか?」 「そんなことはあるものか」 ハルピュイアは即座に否定する。 ――オレはエックス様が生まれた頃から、いつも傍に寄り添い守ってきたんだ。 ――新参者のお前に何がわかる。 そんなハルピュイアの心中を察してか、バイルは不敵に笑うと首を横に振る。 「本当に何も分かっていない。それでいて、自分は何一つ悪い事をしてはいないと思い込んでいる。こんな守役では憎みたくなるのも無理はないな」 「なんだと? どういう意味だ……?」 ハルピュイアは激昂しそうになる気持ちに必死にブレーキをかけて、バイルに訊ねる。 「ハルピュイア。お前はエックス様を、オリジナルの“エックス”様の身代わりにしか思ってなかったのではないのか?」 「そんなことはない!」 「そうとは言い切れまい。お前がそう思っていても、エックス様はどう思っておられたか」 バイルは片眉をつり上げ、あざ笑うように言った。 「エックス様はとうに気づいておられた。お前が自分の上にオリジナルの“エックス”様を重ねていたことをな」 「………」 「それがどういうことかわかるか? 来る日も来る日もエリアXに閉じ込められ、過保護すぎるどこぞの賢将に四六時中付き添われて、“エックス”様を演じ続けることを強いられ、身代わりだと思い知らされてきた。エックス様がお前の押し付けの愛情に抑圧されてどれだけ歪んだか…。誰だってそんな扱いを受け続ければ、気がおかしくもなるだろう?」 ハルピュイアは、先ほどの激昂したコピーエックスを思い浮かべた。 『キミはどれだけボクを苦シメれば気ガ済むんだ!』 ――違う。オレはそんなつもりでは…。 ハルピュイアは心の中で否定しようとする。 「エックス様はずっとお前の呪縛から逃れようと必死になってもがいていた。わしはただ、エックス様をお前からお助けしたにすぎん」 「違う。オレはただエックス様のために……」 否定しようとするが、ハルピュイアの言葉に力はなかった。 「いいかげんに認めろ。お前を否定した先ほどのエックス様――あれがお前の作り出したエックス様だ。本望だろう? あれだけ立派な統治者になられたのだから」 ハルピュイアは反論しようと口を開けたが、言葉が出なかった。 沈黙の中、バイルを無言で睨みつける。 「まあ、後はエックス様の自主性にお任せして、お前はおとなしく退くことだな。エックス様のお傍には私もいることだし…な」 バイルはふんと笑い、ハルピュイアに背を向けると玉座の間を出て行く。 ハルピュイアは立ち尽くしたまま、バイルの後ろ姿をただ睨みつける事しかできなかった。 『君の名前は?』 『ふうん、ハルピュイアって言うんだ』 『ボクの名前、何だか知ってる?』 『エックス…それがボクの名前なんだね』 コピーエックスが生まれたあの時。 初めて起動し、嬉しそうに廊下を駆け回り、見る物すべてに感動して無邪気に喜ぶコピーエックスの姿を見て、ハルピュイアは思った。 ――失った幸せを、オレは取り戻せたのだ…。 ハルピュイアが失った幸せ――それは“エックス”が傍にいた日常である。 “エックス”に見守られながら、共に生を受けた兄弟であり、友人であり、仲間――ファーブニル、レヴィアタン、ファントムと共に、ネオ・アルカディアの都市の完成のために頑張った毎日。 充実していた。幸せだった。そんな日常がいつまでもずっと続くと思っていた。 だが、それはある日突然終わりを告げた。 ダークエルフ封印のために“エックス”はユグドラシルで眠りについたからだ。 “エックス”は不思議なレプリロイドだった。 幼い顔立ちの割に凛とした神秘的な雰囲気を漂わせ、それでいて子供のようにころころと表情が豊かだった優しい“エックス”。 ハルピュイアは“エックス”が傍にいるだけで心が安らいだ。 そして、“エックス”の面影をそのまま映したコピーエックスにも同じ想いを抱いた。 無実とわかっていながら多くのレプリロイドを斬ろうとも、その罪に自分がどこまで身を堕とそうともかまわなかった。コピーエックスが笑っていてくれれば救いがあったから。 だから、イレギュラーと認定されたレプリロイド、レジスタンス…ネオ・アルカディアを脅かし敵対する者を容赦なく斬ってきた。ある意味、人間とレプリロイドの平和よりもネオ・アルカディアの平和を、何よりもコピーエックスの幸せを守ることを選んだ。 ――オレは何があってもエックス様を守る。 ――なのに…。 『おマエたちノヨうなノウナシにはもウ、あキアきした。キみたち四天王は…カンブからオリてもらウよ…』 自分を拒絶し、バイルを選んだコピーエックス。 ――エックス様。 ――オレはあなたを心底愛していることに、なんら変わりはありません。 ――いつも付き添ってお守りしてきたのも、あなたまで失いたくなかったから。 ――あなたに皆に愛される立派な統治者になってほしいと願っていたから。 ――オレがネオ・アルカディアを背負う重責に耐えているように、あなたにも耐えてほしかった。 ――できることなら現実の厳しさに打ち勝ってほしい…それがオレのエゴイズムだとしてもそう期待せずにはいられなかった。 ――すべてはあなたのためだった。 ――だがそれが、あなたをあそこまで追い詰めていたなんて……知らなかった。 『ダークエルフがネオ・アルカディアに現れた模様です。エリアZ―3079…ここから、最も離れた人間の居住区なんですが……』 人間たちが犠牲になることを承知で、バイルにすべてを任せたコピーエックス。 ――あれはオレのエックス様ではない。 ――あんなエックス様なんて認めたくない……絶対に。 ――でも、これが現実。 ――まぎれもない事実なんだ。 『エックス様がお前の押し付けの愛情に抑圧されてどれだけ歪んだか…』 バイルの言葉がハルピュイアの脳裏に蘇る。 “エックス”の代わりにネオ・アルカディアの統治者にすべく、コピーエックスに付き添い支えてきた。 ネオ・アルカディアの統治者はあくまで“エックス”様しかいない。“エックス”様がいなくなった事実が知れれば混乱は免れない。せっかく都市が完成したというのに、世界はまた混沌とした状態になる――それが、皆に言った理由だった。 でも本当は、一人で統治者の重責を背負うのが辛かった。何よりも“エックス”のいない寂しさに耐えられなかった。 だから、“エックス”の代わりを望んだハルピュイアはコピーエックスを造らせた。 そう、“エックス”の代理として。 ――オレは……本当にエックス様をそんな目で見てきたのか? ハルピュイアは自分に問う。 ――いや、違う。 確かに最初はそう思っていた。“エックス”様のようになってくれればと。 だが、そんな事は不可能だ。 コピーエックスが持っていた資質は、間違いなくコピーエックス自身のもの。 ――オレは、“エックス”様の身代わりとしてではなく、まぎれもないエックス様自身を愛していた。 ――そのはずだ。 もう二度と“エックス”を失いたくないと、いつもコピーエックスの傍にいて守ってきた。 何も不自由させたくない。辛い思いや悲しい思いをさせたくない。ひたすらコピーエックスの幸せだけを願って付き添ってきた。 だがコピーエックスはそんなハルピュイアの愛情に苦しんでいた。 ハルピュイアがよかれと思ってやっていた事がすべて裏目に出ていたのだ。 『モウ、その目でボクを見ルナ!』 コピーエックスの敵意に満ちた目を思い出す。 ――オレは無意識のうちに、エックス様の上に“エックス”様の面影を重ねて見ていたのだろうか。 ――エックス様はそれに気づいておられたのだ。 ――だからオレの事を……。 いつも傍にいながら、何故気づいてやれなかったのだろう。コピーエックスの苦しみを。 そして痛感する。コピーエックスを狂わせたのは、“エックス”の面影を捨てきれなかった自分達、いや自分なのだと。 ――オレがエックス様を壊した…。 ハルピュイアの脳裏に先ほどのコピーエックスの姿が蘇る。 その上に、昔の無邪気に笑っていたコピーエックスの姿がだぶり、ハルピュイアはどうしようもない後悔の念にかられた。 ――申し訳ございません…。 ――こんな言葉だけではすまない事は承知しております。 ――ですが、もう一度だけ言わせてください。 ――申し訳ございません……エックス様。 ハルピュイアはそれからの事はあまり覚えていなかった。 いてもたってもいられずにエリアX−2を飛び出し、気づくとミサイルによって廃墟と化した人間の居住区に立っていた。 目の前に、ベビーエルフを従えたオメガが、そして後ろには先ほどまでオメガと対峙していたゼロがいる。 後ろにいるゼロに一瞥もくれず、ハルピュイアは目の前のオメガを、そして無残な姿をさらしている居住区をただ静かに見つめる。 「……………」 ハルピュイアは周囲の惨状を見るにつけ、激しい怒りが込み上げてくるのを感じた。 つい今しがたまでは、平穏に暮す人間達の姿があったであろう居住区。 それを思うにつれ、どうしようもない怒りと憤りに囚われていく。 「…我らネオ・アルカディアのレプリロイドは人間を守る。この地上の唯一の正義」 ハルピュイアは熱にうかされるように呟くと、オメガを睨みつける。 目の前のオメガの上に、バイルの顔がだぶって見えた。 許せないと思った。 バイルは自分にあんなコピーエックスを見せつけた。 ダークエルフを手に入れる――ただそれだけのために大勢の人間達を犠牲にした。 何よりもバイルからコピーエックスを、そして大勢の人間達を救えなかった自分の不甲斐なさが一番許せなかった。 「これが…この廃墟が…貴様らの正義かーっ!バイルーーーッ!」 咆哮するハルピュイアの怒りの凄まじさを表すかのように、周囲に緑の風が巻き起こる。 後ろでゼロが何か叫んでいる。 だがそんな言葉など耳に貸さず、ハルピュイアは己の中で猛り狂う怒りに身を任せ、オメガに立ち向かう。 ――これしかできない。 ――オレがあなたのために出来る事は。 ――せめてオメガを倒し、障害を取り除く。 ――バイルはしょせん非力な科学者だ。 ――バイル一人になれば、後はきっとレヴィアタンとファーブニルがエックス様を守ってくれるだろう。 ハルピュイアは『風』を解き放つ。 爽やかでのびやかで、しかし、ひとたび牙を向けばすべてを切り裂き、吹き払う恐るべき武器となる“雷の四天王”の力。ハルピュイアは風を身に纏い、戦うための雷を呼び起こすと、オメガに雷撃を放つ。 だがそのとき。 ハルピュイアは愕然とした。 ――歌が聴こえない。 いつも戦場ではハルピュイアを駆り立て守り、そして戦いに疲れた心を癒していた歌が。 記憶の中で“エックス”が歌っていた歌が。 ――オレが間違っていたから。 ――だから“エックス”様まで………。 そのハルピュイアをオメガの攻撃が襲う。 呆然としていたハルピュイアは避ける間もなく、攻撃をまともに食らった。 「ぐあああああっ…!」 全身を激しい衝撃が貫くと同時に、ハルピュイアははじき飛ばされ地面に叩きつけられた。 「くっ…オレは…オレは…っ!」 なんとか片膝をついて立ち上がろうとするが、体のあちこちがショートして火花が飛び散っている。 すでに全身の感覚機能が麻痺したらしく、傷を負ったはずなのに痛みの感覚すらない。 ――こんなヤツに……オレは……エックス様………!! 薄れていく意識の中、ハルピュイアの脳裏にコピーエックスの顔が浮かぶ。 遠い昔、無邪気にはしゃいで駆け回っていた頃のコピーエックスが。 ――エックス様…。 ――最後に心からの笑顔を見せてくださったのは、いつだったのでしょうか。
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