― blue mirage 前編 ―

〜[ファントムとコピーエックス] ロックマンゼロサイドストーリー8〜



「こっちだよ、ファントム!」
 普段は静寂が支配するエリアXの廊下に、楽しげな笑い声と駆けていく二人分の足音が響き渡る。
 廊下を駆けていく二体のレプリロイド。
 ネオ・アルカディアの統治者“エックス”の代理として生み出されたコピーエックスと、その護衛である四天王・隠将ファントムである。
 コピーエックスは笑いながら、ファントムの手を引いて走る。
 手を繋がれたまま、ファントムは主について走った。
 起動して間もないコピーエックスは、自分の足で歩いたり走ったり、自分の目で様々なものを見ることが嬉しいのだ。
 長い廊下を抜け、角を曲がると、二人は開けた場所に出た。
「ここだよ!」
 コピーエックスはファントムの手を離すと、振り向いて大きく手を広げる。
 そこは広大な庭園になっていた。一面に花が咲き乱れ、あちこちに樹が植えられている。
「ここね、ハルピュイアがボクのために造ってくれたんだ!」
 コピーエックスは明るく笑うと、庭園の中央まで駆けて行く。そして、入り口に立ったままのファントムに、早く早くというように手招きをした。
 エリアXの一画に咲き乱れる花園。それらはすべて作り物だった。
 コピーエックスのためにハルピュイアが造らせた遊び場である。
 まだコピーエックスを表には出せない。自分の役割も生まれ持った重責の重さも知らない、生まれたままの状態。そんなコピーエックスを迂闊に表に出せば、偽者だと感づかれる恐れもあるからだった。
 コピーエックス製作に携わった科学者たちにも緘口令を敷き、今も見張りをつけさせている。
 だが、生まれながらにして高い知能と力を持っているとはいえ、中身はまだ子供である。
 好奇心旺盛なコピーエックスは外の世界にも興味を持ち始め、外に出たいと駄々をこねたため、退屈をまぎらわすためにとハルピュイアが造らせたのだ。
「すごいだろ? こんなにたくさんの花が咲いているんだ」
 ファントムが傍までやって来ると、嬉しくて嬉しくてたまらないといった口調でコピーエックスは話しかけてくる。
「花って二、三日ですぐ枯れちゃうんだろ? だから、咲いているうちに君にも見せてあげたかったんだ」
 コピーエックスは手を後ろで組んで、ファントムを見つめた。
「御意。花は数日で枯れるもの。ですが、ここにある花はすべて作り物でございます。枯れはいたしません」
 はしゃいでいるコピーエックスとは対照的に、ファントムは表情を変えず、淡々とした口調で説明した。
「そうなの?」
 コピーエックスはきょとんとして目を丸くする。ふーんと頬に人差し指を当てて、周りの花をじーっと見入った。
「でも、ずっと…永遠に綺麗なままなんだよね。それならそれでいいよね。永遠に…」
 ファントムは口元に笑みを浮かべ、無邪気にはしゃいでいるコピーエックスを見つめていた。
 花は枯れる。だが、ここにある花は枯れはしない。
 まるで、我々レプリロイドのようだとファントムは思った。
 人間も、レプリロイドも、生きとし生けるものはすべて時間に流されていく。
 草木は枯れて散りゆき、人間は老いて死んでいく。だが、レプリロイドは枯れて散りゆくことも、老いて死ぬこともない。年を取らないわけではないが、老衰というものがない以上、死という安息が訪れるまで生き続ける。長い時間を生き続けること。それは時として、死よりも重く、辛いことである。
 長い時を生きる重み、永遠に変わらぬものなどない現実を、この方はいずれ知ることになるのだろう。
 コピーエックスはファントムの考えていることなど知る由もなしに、なにもかも楽しくてしょうがないといった口調で話し続ける。
「ファントム。今度、外にお出かけできたらいいな。自然の、本物の花を見てみたい! 探せば、どこかにきっと残ってるはずだよ!」
 統治者としての執務、皆を導く役目が待っているコピーエックスにそれはできないことだった。
 今までは“エックス”が統治者を務め、それをハルピュイアが支えることで統治を行ってきた。“エックス”がいない今、ハルピュイアが統治者の代行を務めているが、さすがに一人では無理があった。
 組織が大きれば大きいほど、それだけ維持や運営も困難を極める。
 ネオ・アルカディアは大きくなり、今では、たった一人の統治者だけで治めることができるほど、単純なものではなくなってきているのが現状だった。
 いずれコピーエックスは、“エックス”のように統治者としての執務を行っていくことになるのだ。
 ネオ・アルカディアの象徴としてのエックスも必要だったが、統治者としてのエックスもネオ・アルカディアには必要だった。
 ファントムは嬉しそうに駆け回っているコピーエックスを見つめる。
 コピーエックスはあらゆる最先端の技術を駆使して生み出された、他のレプリロイドとは比較にならないほど高い能力を持つ、特別なレプリロイドである。生まれながらに持つ能力水準は高いものの、今の時点ではまだ白紙の状態で、幼く、そして未熟だった。
 しかし統治者として育ててゆけば、いずれ自分達を導く新たな光となる。ハルピュイアをはじめ、秘密を知る幹部達はそう考えていた。
 だが……。
 ファントムは一瞬思案顔になる。
 統治というものは想像以上にハードな仕事である。その重責を自分たちは目の前の無垢な存在に背負わせようとしている。そう思うと複雑な心境だった。
「ファントム!」
 辺りを駆け回っていたコピーエックスは戻ってくると、ファントムに抱きついた。
「今度外に行けるようになったら、そのときはファントムも一緒に来てくれるよね?」
 コピーエックスは無邪気に笑い、ファントムの両手を取るとぶんぶんと上下に振り回す。
 だが、ファントムは答えない。黙ったまま、なすがままにされている。
「ねえねえねえ…」
 コピーエックスは黙ったままのファントムを不思議そうな顔でじーっと見上げてくる。
 ファントムは頑固だった。主に偽りは申せない。ハルピュイアのように、機転を利かせてその場を取り繕う言葉を言うことが出来なかった。だから、ただ黙って微笑んでいた。
 コピーエックスはファントムの様子に目をしばたかせた。しかし、今のコピーエックスがファントムの真意に気づくはずもなく、ファントムも了承してくれたという結論に達して、にこっと笑う。
「そうだ!」
 コピーエックスは何か思いついたように両手を叩く。
「レヴィアタンやファーブニルにも見せてやろう! もう任務から戻ってるかな」
「恐らく」
「じゃあ行こう!」
「御意」
 ファントムが答えるがはやいが、コピーエックスはその手を引っ張って走り出す。
 自分は皆にとってかけがえのない特別な存在。
 皆が自分を愛してくれている。
 世界の全てが自分のために輝いている。
 そう思うと嬉しくてたまらない。その喜びが背中を押して、コピーエックスはどこまでも駆けていきたくなった。
 だが、やがて成長するにつれ、オリジナルエックスへのコンプレックスを自覚し、周りが自分をオリジナルエックスの身代わりだとしか思っていないと苦悩する日々がやってこようとは、今のコピーエックスは思ってもいなかった。
 コピーエックスとファントム。
 お互い、意外な結末が待っているとは、今の二人には知る由もないことだった。




 あれから幾年の月日が流れたのであろうか。

 ファントムは目の前のコピーエックスを見つめる。
 玉座に座ったコピーエックスは頬杖をついて、外に見える宇宙空間をぼんやりと眺めている。
 多忙なコピーエックスには、自分のための時間というものはほとんどなかった。たまにあっても、こうして玉座にもたれて、宇宙を眺める程度である。
 だが、瞳を外に向けていても、その実、何も見てはいない。見ても、何も心に映っていなかった。
 今のコピーエックスには、感動も思慕もない。あるのは、来る日も来る日も“エックス”を演じる毎日。多忙で、それでいて退屈な統治者としての執務である。
 コピーエックスはどこか壊れたような虚ろな目をしていた。
 ファントムはふと、先ほど思い出したコピーエックスの過去の姿を今のコピーエックスの上に重ねる。
「……何?」
 ファントムの視線を感じたコピーエックスが尋ねる。ファントムは何も答えない。
「…何か言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ?」
 コピーエックスはそう言ったものの、内心、ファントムが何を思ってようが別にどうでもよかった。ファントムが何かを言ったところで、今の自分の境遇が変わることは決してないとわかっていたから。
「昔のことを思い出しておりました。御身がエリアXへいらした頃のことを」
 ファントムは主の言葉に従い、ありのままを述べる。
「………そう」
 それを聞いて、コピーエックスは笑顔を浮かべる。だが、心の中では顔を思いっきりしかめていた。
 昔のことを語られるのは嫌いだ。何も知らずに、無邪気にはしゃいでいた過去の自分を思い出す。そんな自分をバカバカしいと思い、腹立たしくなるから。
「でもレプリロイドだから、お互い変わってないよね。ね、ファントム」
 コピーエックスはくすっと笑う。無論、それも心からの笑みではない。
 ボクをオリジナルエックスの身代わりにした君たちは、あの時も今も変わってないね。
 いつまでもいつまでも、オリジナルエックスのことばかり思ってるんだろう。
 コピーエックスはそう心の中で呟いていた。
 そんなコピーエックスの言葉に、ファントムは何も答えず再び沈黙した。
「…さっき言ったよね? 言いたい事があればはっきり言ったらって」
 ファントムの意味ありげな沈黙に、何か言いたげな様子を敏感に察したコピーエックスは、とりあえず笑顔のままで聞いてみる。
「………。御身の笑顔は昔と変わられたように思います」
 少し沈黙した後、ファントムは言葉を口に紡ぎだした。
「…そう?ボクは変わってないつもりだけど。だって、いつもボクが笑っていられるのは、君達がよく尽くしてくれるおかげだから」
 コピーエックスは心の中とは裏腹に、澄ました表情をしながら涼やかな声を紡ぎだす。
 ハルピュイアは自分が笑顔を向けると素直に喜ぶ。自分が内心どう思っているのかを知らずに。誰もが自分の笑顔に面白いぐらい騙されてくれるので、最近ではそんな反応を見て心の中で舌を出すのが、コピーエックスの欲求不満の解消方法の一つだった。
 そんな自分が時折どうしようもないくらい虚しくなる。
 だが、知りたくない現実まで知った今、昔のようにハルピュイアたちを心から信じる事もできないし、愛せない。かといって、ここを出ていく事もできなかった。
 自分の置かれた立場を思い、コピーエックスの表情が微かに翳る。
「お疲れですか?」
「…統治者の仕事は重過ぎて、もう背負うのが嫌だって言ったらどうする?」
 くすっとコピーエックスは笑う。だがそれは半分本音だった。
「それは許されませぬ」
 ファントムは表情を崩すことなく淡々と言う。
「もし本当にお疲れでしたら、お部屋に戻られるがよろしいかと。ですが、御身は統治者として、ネオ・アルカディアに住まう者すべての運命を背負うております。皆を導くのが、御身の生まれ持った使命。それは誰よりも暗く重い宿命かもしれませぬが、どうあっても避けられぬ事。それらを背負えねば、統治者としてはやっていけませぬ」
 ファントムの言葉に、コピーエックスは心の中でムっとする。
 勝手なことを…。
 ボクは望んで生まれたわけじゃない。
 今のコピーエックスには、周りの言うこと何もかもが白々しく思えた。周りが自分に何を言っても、それは自分ではなく、オリジナルエックスに言っていることなんだと。
「御身はネオ・アルカディアを、世界を照らす光。光を浴び、多くの者の目を集めるものには、それだけ濃い影が生まれます。この世を照らす光ならば、それだけ影も深きものにございます。影を背負えねば、光は輝きませぬ」
 コピーエックスは黙って、ファントムの言葉を聞いていた。
「ですから、拙者は御身の光の向こうの影になります」
 ファントムは淡々とした口調で言葉を続ける。
「御身は、ただ皆に愛され慕われていればよろしいのです。責めは我らが負います。御身に降りかかる邪悪な影は、拙者がすべて振り払いますゆえ…」
「…ボクは雛人形みたいなものだって言いたいの? お雛様は口を聞かないから黙ってろって?」
 コピーエックスは笑顔を崩すことなく、だが、辛辣な事をさらりと言った。
「…たとえ我が命を失おうとも、拙者は御身をお守りいたします。信じてくださるか否かは御身次第」
 コピーエックスの皮肉を、ファントムは受け流す。
「拙者は常にエックス様が心安らかに生きてゆかれる事を願っております」
 コピーエックスは無言のままだった。
 心安らかだって?
 バカみたい。心なんか安らぐことない。
 そもそも、勝手にボクを生み出して、今の境遇に置いたのは君たちだろう?
 コピーエックスは頬杖をつくと、ファントムから顔を反らす。好きにしろ、別に自分にはどうでもいいことだと言わんばかりに。
「ファントム下がれ」
「……………」
「早く!」
 コピーエックスは凛とした声で一喝する。
「失礼つかまつります」
 ファントムは主の言葉に従い、その場を去ろうとする。
 そのとき。
「約束だよ……」
 聞き取れないほどの小さな声でコピーエックスがぽつりと言ったのを、ファントムは確かに聞いた。
「御意」
 短い返答を残して、ファントムの姿はかき消すように消えた。
 残ったコピーエックスは、先ほどまでファントムがいた場所をじっと見つめた。
「……ふふっ、バカみたい」
 自嘲気味に笑うコピーエックスの声が辺りに小さく響く。
 何故あんなことを言ったのか、自分でもよくわからなかった。ただの気の迷いか、それとも……。わかるのは、ファントムを信じようとする自分、そして否定する自分……心の中に二人の自分がいることだ。
「………。信じて……いいの?」
 目の前にいないファントムに尋ねるように、ぽつりと呟く。
 だが、即座にその考えを否定する。
 やっぱり信じられない。
 どうせ、ボクが“エックス”だから言ってることだ。
 今のコピーエックスには『信じる』ということはできなかった。
 『信じる』ということは、今までの自分――身代わりではない自分自身を認めさせるため、泣きたいのも堪え、憎みながらもその気持ちを押し隠し、必死に頑張ってきた自分を否定することだ。コピーエックスはそう考えていた。
 だから、コピーエックスは信じるより憎む方を選んだ。
 だが、『信じること』――それこそが、コピーエックスにとって唯一救われる簡単な方法だった。




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