― blue mirage 後編 ―

〜[ファントムとコピーエックス] ロックマンゼロサイドストーリー8〜



「人類の未来に光を。イレギュラーどもの行く末に死の影を」
 ファントムは静かに呟いて、目の前の敵――ゼロを見据える。
 ゼロとは、一度工場にて戦ったが、その際は力及ばず敗退した。
 その屈辱を晴らすためにも、何よりも、主であるコピーエックスを守るために、ファントムは己の決意を確かめるかのように言い放つ。
「エックス様の栄光を汚すものは、虫けら一匹許すわけにはいかぬ」
 ファントムの目が鋭く光る。
「拙者の命に代えてもおぬしを斬る!」
 そう言い放つと同時に、ファントムは刀を抜き、斬り込んできた。
 ゼロはファントムの一撃を飛んでかわす。そして着地と同時に、セイバーを左から右へと斜めに斬りつける。ぱっと飛びのき光刃を逃れたファントムに、続いて二度、三度と、ゼロの攻撃が襲う。
 ファントムはそれらをかわし、受け流しながら、一定の間合いを取り機をうかがう。
 ゼロの打ち込みをかわしたファントムは、大きく後ろに跳んで、距離を取る。そして大型手裏剣をゼロめがけて投げつける。ゼロはそれを飛んで避けた。
 ファントムは跳躍すると、自分の元に舞い戻ってきた大型手裏剣に乗り、宙を舞い、ゼロめがけてクナイを次々と放つ。
 それらを巧みにかわすゼロの頭上へ来た瞬間、ファントムは大型手裏剣から飛び降り、ゼロめがけて刀を振り下ろした。だが、ゼロは一瞬早く切っ先を逃れ、後方へ飛び、体勢を整え身構える。
 すかさずファントムはゼロに向かって素早く駆け、斬りつけてきた。
 鈍い音が響き、ゼロのセイバーがファントムの刀を受け止める。
 素直な太刀筋ながら、鋭く重いファントムの一撃。
 ゼロはこれまでに感じたことのないしびれが腕に伝わるのを感じた。
 両者の刃が噛み合い、そのまま押し合いの形になる。両者とも一歩も引かず、互いに睨みあう。
 だが、ゼロの方が力が若干上だった。セイバーの光刃がじりじりとファントムの刀を押してゆく。
 気合と共にゼロのセイバーがファントムの刀をなぎ払った。そのまま返す刀が仰け反ったファントムを襲う。
 ファントムはすかさず飛びのき、ゼロの攻撃から逃れると、とんぼ返りに後ろへ大きく飛ぶ。床に着地すると同時に印を結んだ。
 気合と共にファントムの姿が四体に分離する。
 ゼロは一瞬戸惑う。だが、戦いの中で染み付いた勘と戦闘経験が本体がどれかを見切った。
 すかさず傍のファントムをセイバーで横なぐりに叩きつけた。
 次の瞬間、ファントムは飛び上がり攻撃をかわすと、大型手裏剣を床に投げつける。大型手裏剣は床に当たると、クナイとなって飛び散った。
 ゼロは自分に飛んでくるクナイをセイバーで次々と防ぐ。
 そこへファントムが斬りつけてくる。ゼロは素早く逃れると、反撃に転じた。踏み込んで、ファントムに力強く素早い攻撃を浴びせる。ゼロの一撃をかわし、ファントムは跳躍すると、クナイを投げつけた。
 ゼロは飛びのいてクナイをかわし、ファントムと十分な距離を取る。
 ファントムは刀を頭上に掲げ、気合を発した。
 その全身が闘気に包まれ、次の瞬間、辺りが闇に覆われる。ファントムの姿は消えて、闇に溶け込んだ。
 暗闇の中、ゼロは油断なく身構える。
 ゼロの後ろの上空の方で動きがあった。ゼロは素早くその気配を察し、その場を跳躍して離れる。それと同時に、ゼロがいた位置にクナイが勢いよく突き刺さった。
 体勢を整えたゼロめがけて、暗闇のあちこちから、クナイが飛んでくる。セイバーの閃光が暗闇の中で煌く毎に、乾いた音を立ててクナイが弾かれる。
 どこに隠れた?
 ゼロは舌打ちする。
 クナイは一定の間隔で襲ってくる。ファントムは恐らく闇の中を移動しながら、クナイを投げてきているのだろう。
 最後に飛んできたクナイを防いだゼロはセイバーを握る手に力を込める。次の攻撃が来るまでの僅かな時間、ゼロは全身の感覚を研ぎ澄ませ、ファントムの気配を探る。
 そこだ!
 ゼロは振り向く。同時にセイバーが光の弧を描き、斜め上の闇を切り裂いていた。
 手ごたえがあった。微かな呻き声と共にファントムが姿を現し、床に片膝をつく。その腕にセイバーの光刃で切り裂かれた傷痕があった。
 だが、ゼロが次の一撃を繰り出す前に、ファントムは再び闇に身を隠し、セイバーは虚しく空を斬った。
 ファントムは闇に身を隠しながら、ゼロにクナイを投げる。ゼロのセイバーが右に左に閃き、それらを防ぐ。
 闇に隠れたファントムはゼロの手にしているセイバーを見る。
 ゼットセイバー……光の剣。
 ファントムはその剣に見覚えがあった。
 かつて、自分の主が武器として所有していたものだ。主が眠りについたと同時に行方が知れなくなっていたもの。
 その剣がゼロの元にある。それが何を意味しているのか、ファントムにはよく分かっていた。
 “エックス”様。
 御身は我々を止めようとしておられるのか。
 主である“エックス”の命令に従うのが、ファントムの存在意義。
 だが。
『約束……だよ』
 その言葉と共に、もう一人の主であるコピーエックスの姿が、ファントムの脳裏に浮かんだ。
 エックス様。
 我らが御身を生み出した。御身に“エックス”様の身代わりの枷をはめ、大いなる苦しみを背負わせてしまった。
 定めを持って生まれてきたコピーエックス。
 自分の使命を知らされたときから、己の心に『英雄』の衣を着せられて育ってきたコピーエックス。
 考えてみれば哀れなことである。同じ年頃の友達もおらず、エリアXの中で四天王に囲まれて育ってきた。行動も制限され、仕事上で一部の特権階級の人間やレプリロイドにねぎらいや命令の言葉をかける以外、まともに会話を交わすのも四天王だけである。
 コピーエックスが宿命を受け入れ、気丈で冷静な統治者としての役目を一生懸命演じようとしていた姿を、ファントムは常に影から見つめていた。だからこそ、コピーエックスが、“エックス”の身代わりではない、自分自身の存在を認めてもらいたいと、悩み苦しんでいたのもよく理解していた。どれだけ辛かったことだろう。
 もしかしたら、ただ一言『あなたはあなたでしかない』と言ってやればよかったのかもしれない。
 だが、ファントムはあくまで主従としての関係を守り続け、そんなコピーエックスを何も言わずにただ見守ることしかしなかった。
 その結果、歪んで壊れてしまったコピーエックスの心。
 今のコピーエックスに、あの日見せた輝きはない。纏う光は違うもの。だが、それはコピーエックスがコピーエックスなりに周囲の期待に応えようとしていた結果であり証である。
 ファントムは常に冷静で毅然とした態度を崩さなかったが、心の奥底では後悔の念に苦しんでいた。
 コピーエックスの心を壊し、そして今また、コピーエックスのために行う自分の所業で、“エックス”の心を著しく傷つけているであろうことを。
 これは我らの……いや、拙者の罪。
 未来永劫消えることはなかろう。
 拙者にできることは御身をお護りすること。
 何があろうと、すべてを敵に回そうと、御身を守る。
 御身に降りかかる邪悪な影を振り払い、御身ゆえの生き様を見守る所存。
 御身が地獄へ落ちるのでしたら、喜んでお供致しましょう。
 後悔の思いを信念に変え、エックス様のためだけに生きる。
 この悲しい痛みが続こうとも。
 オリジナルエックスとコピーエックス。二人のエックスへの想いがファントムを突き動かしていた。




 その頃、ハルピュイアたち他の四天王は玉座の間にいた。
 ハルピュイアはコピーエックスに、ゼロとの戦いの顛末を報告している。コピーエックスは玉座に座って、ハルピュイアが話すのを落ち着いた様子で黙って聞いていた。
「…それじゃあ、今はファントムが?」
「はい。ゼロと戦っているようです」
「そう…。もしものときのこと、考えておいた方がいいね」
 そう言うと、コピーエックスは立ち上がる。
「なりません、エックス様!」
 ハルピュイアがあわてて、コピーエックスの傍らに駆け寄る。
「君たちがかなう相手じゃないなら、ボクが行かなきゃいけないだろ」
「あなたにもしものことがあっては大変です」
 ハルピュイアは即座に否定した。後ろでなりゆきを見守っていたレヴィアタンもそれに同意する。
「そのとおりです。エックス様は私たちがお守りいたします。それに、ファントムならきっとゼロを……」
 そこまで言って、レヴィアタンは言葉を切る。
 ゼロと二度もまみえて、その実力をレヴィアタンは痛感していた。
 ファントムは強い。
 もしかしたらファントムなら……。
 でも…ゼロは私の獲物だ。
 私以外のヤツに殺されるなんて許せない。
 レヴィアタンは、ファントムにゼロを殺されてしまうことに、自分の獲物が他の者に奪われてしまう抵抗感、それを嫌だと思う気持ちを感じる。守るべき存在であるコピーエックスを守護する使命感と、ゼロへの想いとの間で揺れ動く自分の気持ちに、どうしようもないくらいの葛藤を感じた。
 そう思ったレヴィアタンは、余計なことを言ってコピーエックスを不安にさせたくなかったこともあり、それ以上何も言えなかった。
 重苦しい沈黙がその場に流れる。
「……ファントム」
 沈黙を破ったのは、コピーエックスの小さな声だった。
 コピーエックスの脳裏に、いつかのファントムの言葉が甦る。
 御身に降りかかる邪悪な影は、拙者がすべて振り払いますゆえ…。
 たとえ我が命を失おうとも、拙者は御身をお守りいたします。
 コピーエックスの心にある予感が走る。もしかしたら、ファントムとは……もう会えないのかもしれない。
「エックス様?」
 ハルピュイアは、思案顔になったコピーエックスを心配そうに見つめた。それに気づいたコピーエックスはぎこちなく目をそらして俯く。
「ご心配なさらないでください。あなたはオレが必ずお守りいたしますから」
 コピーエックスが不安を感じてると思ったハルピュイアは力強く言うと、優雅な身のこなしで一礼する。
「行くぞ」
 ハルピュイアはレヴィアタンとファーブニルに短く言うと、颯爽と身を翻し、玉座の間を出ていく。
 慌ててレヴィアタンとファーブニルもコピーエックスに一礼すると、ハルピュイアに続いて出ていった。ファントムが敗れた場合に備えて、コピーエックスのいる玉座の間に続く通路でゼロを迎え撃つために。
 ファントムのことは、ハルピュイアも、レヴィアタンも、ファーブニルも信頼していたが、コピーエックスの身の安全のためには、万一に備えて、最悪の事態を考えておかねばならなかった。
 残ったコピーエックスはどうしたらいいかわからず、ただ胸の前で両手を組んで俯く。そのまま玉座に腰掛けると、傍らの端末を操作する。すると、正面のモニターにゼロとファントムの姿が映し出された。
 二人の戦いはまだ決着がついていない。
 互いに譲らず、全力で戦っているのは、見ているコピーエックスにもよくわかった。
 気にすることなんかない。
 ファントムがやられたって別にかまわない。
 だって、ファントムもしょせんボクを身代わりにしか思ってないんだから。
 コピーエックスは目を閉じて首を振る。先ほど心に浮かび上がった想い――ファントムを信じようとする気持ち、ファントムの言葉を必死に否定しようとした。
「…………ファントム」
 だが、コピーエックスは自分でも無意識のうちに、ファントムの名を再び呟いていた。




 ゼロとファントムの戦いはまだ続いていた。
 ゼロは熟練したベテランの戦士であり、レプリロイドの英雄だった。イレギュラーハンターの中ではごく一部の特A級のランクに位置付けされ、同じく英雄と謳われる“エックス”の長年の指導者でもあった。
 だが、今目の前にいる敵――ファントムは、ゼロが今まで戦ってきた中で最も強く、冷静さや判断力においてもゼロに勝るとも劣らない、それでいて戦闘経験も豊富な手練れの戦士だった。
 ゼロもファントムもお互い全力で戦う。激しい戦いだった。ゼロの攻撃も当たるが、ファントムの攻撃も冷静で容赦なく、しかも的確にゼロを襲う。時間が過ぎるうちに、戦いは次第にファントムが優勢になっていった。ファントムは素早い動きでゼロを翻弄し、反撃を牽制する。ゼロほど熟練の戦士ではないとはいえ、素早さはゼロより上だった。
 このままでは埒があかない。
 ファントムの大型手裏剣をかわし、常に一定の距離をとりながらゼロは舌打ちする。ファントムはゼロの反撃を許さず、立て続けに素早く攻撃を繰り出してくる。ゼロはファントムの攻撃を受け流し、もしくはかわしながら、なんとか決定的な一撃を与える機をうかがう。お互い、相手に隙ができるのを待ち、必死に戦い続けていた。
 だが、ゼロはもう限界だった。ファントムと違い、ゼロは他の四天王たちとも激闘を繰り広げたこともあり、疲れ始めていた。ゼロの繰り出す攻撃に鋭さがなくなり、顔には疲労の色が浮かんでいる。いつの間にかファントムの攻撃を防ぐ一方になっていることにゼロは焦りを感じた。このまま疲労が蓄積すれば、思いがけない局面でミスを犯すこともある。
 なんとか体力の残っている今のうちに決着をつけなければ。
 ファントムは攻め込み、めぐるましく斬りつけてくる。ゼロはファントムの攻撃を予測し、素早くよけながら、戦いに集中する。
 せめて、ファントムが一瞬でも判断を誤ってくれれば…。
 ファントムがゼロめがけて刀を繰り出してくる。ゼロは飛びのいて避けるが、すぐさまファントムは体を反転させて刀を手に駆けてくる。
 ゼロの直前に迫ったファントムが、刀を左から右に斜めに斬りつけてきた時、ゼロはセイバーで刀を受け止めると見せかけて、素早く向きを変え、回転し、跳躍する。ぎりぎりでファントムの刀から逃れたゼロは、ファントムの後ろに着地した。
 振り向こうと体勢を変えようとするファントムに隙が生じる。その隙を逃さないゼロではなかった。
 この一撃で決める。
 ゼロはしゃがみこみ、ファントムが振り向きざま斬りつけたその切っ先をかわす。そのままファントムめがけて横なぐりに斬りつけた。
 ファントムはそれをかわすことも、後ろへ飛びのくこともできなかった。
 セイバーの光刃がファントムの腹部を切り裂く。ファントムが呻き声を上げ、手から刀を落とす。乾いた音を立てて、刀が床に転がった。
 だが、ファントムはよろめきながら、クナイをゼロめがけて放つ。
 ゼロは跳躍し、ファントムから離れる。同時に鋭い音が響き、ゼロが立っていた場所にクナイが突き刺さった。
「ま…さか…こ、この拙者…が…」
 ファントムは崩れるように膝をついた。
 信じられぬ。“エックス”様の加護を受けた拙者が二度も敗北を喫するなど。
 ファントムの目はそう語っていた。
「し、しかし…拙者の命に…代えても…エックス様の…もと…には…」
 よろよろとファントムは立ち上がる。
「その体で何ができる」
 致命傷ではないが、傷が決して浅くないのは、ゼロの目から見ても明らかだった。
「拙者は負けぬ……」
 そう。約束したのだ。必ずお守りすると。
「…エックス様あるかぎり、我が身、我が心はとこしえにかのもとに」
 ファントムはゼロを静かに見据える。
「たとえ、我が命を失のうても、守るべきものがあるのだ!」
 その言葉に呼応するかのように、ファントムの脳裏に過去の光景が鮮明に甦った。



「もう無茶はしないと約束してくれ」
 “エックス”はファントムを労わるように手を添えた。
「怪我をしていたのに、ボクをかばうなんて……」
 “エックス”は痛々しそうに顔を歪める。ファントムの手首から前腕にかけて、皮膚と皮下組織がざっくりとえぐりとられている。倒したと思ったイレギュラーが最後の悪あがきで“エックス”を襲った際、それを守るべく身を呈して飛び出したファントムは腕を噛まれたのだ。
「御身をお守りするが拙者の使命」
 ファントムはしっかりと信念を込めて言った。
「痛む?」
 “エックス”はそっと傷口に触れる。ファントムは表情を変えることなく、無言でかぶりを振る。
「これしきの傷、たいしたことはございませぬ」
 傷口に触れた“エックス”の手から暖かな光が溢れる。光はファントムの傷を優しく照らし、癒し、失われた皮膚組織や皮下組織を再生していく。
 ハルピュイアが風。ファーブニルが炎。レヴィアタンが水。ファントムが影の力を持つ。
 そして、“エックス”の力は光。あらゆるものをあまねく照らし、癒し、救う光である。
 ファントムは暖かさを感じ、同時に腕の痛みが徐々に治まっていくのを感じた。
 しばらくするとファントムがゆっくりと腕を動かす。
「もう大丈夫でございます」
「本当?」
 “エックス”はファントムの腕の様子を確認してみる。えぐりとられた皮下組織や皮膚部分には新たな組織や皮膚が再生し、腕を覆っている。先ほどの痛々しい傷の痕跡はすっかりなくなっていた。
「うん、もう大丈夫だ」
 “エックス”は安堵したように微笑む。だが次の瞬間、悲しげな顔に変わるとファントムを見つめた。
「君が死んだら、悲しむ人がいるってこと忘れないで。ハルピュイアも、ファーブニルも、レヴィアタンも、そして君も、ボクの大事な家族だよ。死んでほしくないし、幸せになってほしい」
「拙者は己よりも“エックス”様が幸せになられるのを喜ぶ者です」
 ファントムの言葉に“エックス”は困ったような顔をする。
「御身のためでしたら、我が命、清く散らせましょう」
 いつも、こればかりは平行線だった。
「頑固だね。……なんだかゼロに似てる」
 “エックス”はいつもどおりのファントムの答えに苦笑する。
「だったら、約束して。ボクが生きてる限り死なないって」
「拙者は御身の影。決してお傍を離れませぬ。たとえ死んで魂だけとなってもお守りいたしましょう」
「…だから、そんな不吉なことは言うのはやめよう……ね」
 “エックス”は悲しげに諭す。
 多くの死を見てきた“エックス”にとって、ファントムの気持ちは嬉しいと思う反面、とても悲しく感じるものだった。
「約束……」
 “エックス”は小指を差し出した。
 ファントムは無言で“エックス”を見つめる。そして、すっと自分の小指を差し出すと、指切りをした。
「約束……だからね」
 “エックス”はファントムをまっすぐに見つめた。
 小指で交わした契り。
 それは遠い日の約束。
 安らかに眠れと心の奥に封じた、忘れがたき面影とその思い出だった。




『ファントム……』
 ファントムの心に誰かが語りかけてくる。それは儚げで透明感のある不思議な声。
 声の主が誰なのか、ファントムはすぐにわかった。
『ボクに自分の人生を捧げるような生き方をしなくてもよかったんだ。君の人生は君自身のもの。君自身の幸せを求めてもよかったんだよ』
 “エックス”様。
 これでよいのです。
 すべては拙者が己の意志で選びし道。
 たとえ、間違った道であろうとも、どのような結末を迎えることになろうとも、かまいませぬ。
 御身に捧げた我が身、我が命でございます。
 決して後悔は致しません。
『ファントム……』
 拙者は己よりも御身が幸せになられることを喜ぶ者。
 どちらのエックス様も拙者には大切な御方。
 エックス様をお守りするためなら…。
 ですから、どうか拙者に力をお貸しください。
『ボクの力は君の中に宿っている。ボクにできるのは、力を解放させる手助けだけ。でも、それは君の命を…』
 かまいませぬ。
 ファントムはにべもなく言う。
『……ファントム』
 ゼロとファントム。
 どちらが倒されても、“エックス”には辛いことだった。
 だが、何も言えない。
 何故なら、すべては自分がいなくなったことに端を発しているのだから。
 自分にできるのは、ファントムの最後の望みを叶えてやることだけだ。
『わかった。君の真の力を解放させよう。君の……最初で最後の力を』




「エックス様を死なせるわけにはいかぬ。人間たちを、世界を導くことができるのはエックス様だけなのだ!」
 ゼロはファントムの中に巨大な力を感じた。それが徐々に大きくなっていく。
 ファントムの口元が微かに歪む。それを見たゼロはファントムの考えを悟り、目を見開いた。
 ファントムはこの辺り一帯を、ゼロごと爆破させるつもりなのだ。己の命と引き換えに。
 ゼロは身を翻すと走り出す。早くこの場から離れなければ!
「おぬしも…道連れにしてやる!」
 ファントムの目がかっと見開かれる。
 次の瞬間、辺りが爆風と共に強烈な光に包まれた。

『ファントム』

 その時。
 ファントムは光の中に“エックス”の姿をはっきりと見た。
 “エックス”は今にも泣き出しそうな悲しい表情を浮かべると、瞳を閉じる。
 そして、その唇が言葉を紡ぐ。
 “エックス”がファントムへ告げた言葉。
 ファントムにはその言葉だけで十分だった。
 ファントムの口元に笑みが浮かぶ。

 命を失くしても守るべきもののために。
 拙者はエックス様の光の向こうの影になる。

 大音響と共に、爆風は周囲もろとも破壊していく。ファントムが立っていた場所はまさしくグラウンド・ゼロだった。
 そして、その姿は光の中に包み込まれ、影一筋残らず消えていった。





[ END ]


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Thank you for reading♪(^^)


コピーエックスが造られてまもない頃〜ネオ・アルカディア本部でのゼロ対ファントムを書いた話です。

兵糧攻めや時間制限つきの爆弾解除イベントなど、
ファントムは人によっては好き嫌いが分かれるかもしれませんが、
その行動はすべてエックスのためであり、これほど尽くす人(レプリロイド)はいないでしょう。
でも温厚な性格なのだから、表情に出さないまでも、自分のやっていることに心の奥底に
多少は葛藤を秘めていたのでは…と、書いたらこんなになりました。

ファントムにとってエックスは神そのもの。
孤独でありながらも自己犠牲を厭わないエックスの存在は、ファントムにとっては、
まさに神であったと言っても過言ではないのかもしれません。
エックスはダークエルフのために自分の体を捧げたということからして、東洋的には菩薩。
すべてを生み出し、その後も様々な影響を与えた(状況を引っかきまわした)点では、ギリシャ神話でいうガイア。
まさにネオ・アルカディア(ロクゼロワールド)の神様だなあと思ってしまいます(^^;)。

最後にオリジナルエックスが言った言葉が、
『ごめんなさい』という詫びの言葉か、『ありがとう』という礼の言葉かは
想像にお任せします。

 


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