― Thank you for your love 後編 ―

〜[ゼロとシエル] ロックマンゼロサイドストーリー6〜



 ゼロがレジスタンスベースへ帰還した夜。
 レジスタンス全員がゼロ生還を祝い、パーティーを催した。
 シエルをはじめ、レジスタンス達はゼロの無事を喜び、騒いで踊って笑い転げた。
 この時ばかりはアルエットもメナートと仲直りをして、軽快な音楽に合わせて楽しげにダンスを踊っている。
 イブーはもっぱら食べる事に専念し、テーブルの上に置かれた、たくさんのエネルゲン水晶を夢中でほおばっている。
 セルヴォは少し離れたところではしゃぎ続ける皆を見つめていた。
 だが、当の主役であるゼロはというと―――陽気に騒ぐ皆をよそにそっとその場を抜けて、レジスタンスベースの屋上でまんじりとしていた。
「……………」
 屋上に運び込んだ古いアームチェアに腰掛けて、ゼロはじっと考え込んでいた。
(エックス……)
 脳裏にエックスの面影が浮かんでは消えた。
(オレは結局、お前に何をしてやれたのか……)
「ゼロ!」
 突然聞こえた聞き慣れた声がゼロの物思いを打ち切らせた。
「ゼロ、ここにいたのね」
 シエルがゼロを見つけて、走り寄ってくる。
「せっかくゼロが無事に戻ってきたお祝いパーティーをやっているのに、主役がいなくてどうするの?」
 みんなそれぞれ勝手に盛り上がってるけど…と言うシエルに
「……気持ちはありがたいんだが、あいにくオレは今そんな気分じゃない」
と、ゼロはかったるそうに答えた。
 シエルはゼロを心配そうに見つめる。
「エックスのこと……考えてたの?」
「…………」
 ゼロは答えない。
「ゼロ……私ね………」
 シエルが両手を組んで、ゼロをじっと見つめた。
「ずっと……言いたかった言葉があるの」
 そう……ゼロと離れ離れになっている間ずっと言おうと思っていた言葉。
 忘却の研究所で初めて出会って、自分達を守るためにネオ・アルカディアと戦ってくれたゼロ。
 そして一年間離れ離れになって。
 そのときシエルは気づいた。
 自分にとって、ゼロがどれだけ大切な存在だったのか。
 ゼロに抱いていた感情……それは友情でもあり、同時にゼロへの愛情だったのだと。
「今なら素直に言えるわ……愛してる」
 シエルはすんなりと想いを口に出来たことに内心戸惑いを覚えながらも、言葉を続ける。
「ゼロは私のこと…どう思ってるの?」
「嫌いじゃない」
と、ゼロはストレートに答えた。
 ゼロらしい返答にシエルは脱力感を感じた。
「そうじゃなくって……私が聞きたいのは」
 シエルは拗ねたような上目遣いでゼロを見る。
「好きか嫌いかってこと」
「………さっきので答えになってると思うが」
「なってない」
 シエルは腕を腰に当てて、ゼロを睨む。
「…エックスが言ってたとおりね」
「?」
「絶対『好き』って言ってくれないって……」



『ゼロはあなたのことが好きだよ』
 オメガのことを話しにレジスタンスベースに来たエックスが別れ際に言った言葉。
「えっ……」
 シエルは思わずどきっとして周りを見回す
 傍らにはセルヴォ、そしてオペレーターのルージュとジョーヌもいるのだ。
 セルヴォは無言だったが、微かに口元をほころばせている。
 ルージュとジョーヌの二人は…というと、何も聞こえてないとばかりに、いつもどおりのすました顔をしているが、しっかり聞き耳は立てているようである。
「………………」
 困惑して照れるシエルに、エックスはふふっと微笑む。
『安心して。ゼロはまぎれもないあなた自身を想っている。そしてあなたも……』
「え、えーと……そ、その………」
『2人はずっとお似合いだなって前から思ってたんだよ』
 上手い返答が見つからず混乱しているシエルに、エックスは両手を後ろで組んで優しく言う。
「あ…あのー……エックスはゼロのこと……」
 シエルの問いに答える代わりに、エックスは瞳を閉じて俯く。
『確かに…ゼロの運命の人でいられたらと思ってた……。でも遅かれ早かれこうなる運命だったんじゃないかな』
 シエルは黙ってエックスの言葉に聞き入っている。
『ゼロの赤い糸の相手は、ずーっと昔から決まってたんだよ』
 エックスはシエルを見る。
『それに……ゼロの想いが別の誰かへと……シエルさん、あなたへと向かってたの…初めから知ってた』
 そう語るエックスの声は微かに震えていた。
「……………」
『…ゼロは強情で絶対『好き』って自分の気持ちを教えてくれないんだ』
「え…?」
『いつも『嫌いじゃない』とか『さあな』ってはぐらかされるんだ』
 ゼロと一緒に過ごすようになって、ゼロの性格や行動パターンはそれなりに把握できているので、それはシエルにもなんとなく想像はついた。
 ゼロは強情で素直じゃないのである。
『結局ボクも聞けなかった。でも……』
 寂しげに目を伏せていたエックスは顔を上げる。
『でも…シエルさんならきっと…ゼロからその言葉を聞くことができるよ』
「エックス……」
 そのとき。
 エックスは何かを感じ取ったかのように厳しい表情になり、あさっての方向を見つめる。
『行かなきゃ……みんな待ってる』
と、瞳を閉じ、静かに呟く。
 決意を秘めた表情。
 それはまさしく英雄の顔。
 世界を救い守り支えてきた、伝説の蒼きレプリロイドの表情だった。
 そして、その場にいる全員を見回し、最後にシエルを見る。
『ボクの大事な友達。どうかゼロのことをよろしくお願いします』
 エックスはそう言って、ぺこりと頭を下げた。
『ボクの…かけがえのない大事な………お、お友達だから』
 そう言ったエックスの全身が球状の姿に変わり、すっと飛び去っていく。
「……………」
 シエルは何も言えず、ただ呆然と見送った。



「あいつ、何を言ったんだ?」
「………あなたのことをよろしくって」
 シエルは適当にはぐらかす。
 さすがにすべてを話すのは照れくさかった。
「さ、話を戻しましょ。私が聞きたいのは……」
 シエルはにこっと笑うと、ずいっとゼロの顔を覗き込む。
「好きか嫌いか!さあ!」
 口元は笑っているが、その瞳には不安が湛えられている。
(これははっきり言わない限り、てこでも自分を解放しようとしないだろう…)
 そう思ったゼロは目を閉じて、はあっとため息をつく。
「…………。好きか嫌いか、どっちか選べと言われたら…………前の方だ」
 しぶしぶ言って、シエルの顔を見たゼロはぎょっとする。
 シエルがこれ以上ないくらいの歓喜した顔でゼロを覗き込んでいたからだ。
「あ、あのな……オレは……」
 シエルは感激のあまり言葉も出ないようで、ひたすら歓喜の表情でゼロを見つめている。
 そんなシエルの様子に、ゼロはまたため息をついた。
「この際だ、はっきり言おう。オレはよくわからんのだ」
「え?」
 シエルは目を白黒させる。
 ゼロは腕を組むと、目を閉じる。
「お前の事は嫌いじゃない。だが、オレは結局……いつも傍にいたエックスすら幸せにしてやれなかった……」
 ゼロの声音に寂しさを感じたシエルは黙って聞いている。
「……お前も、オレの傍にいたら、もしかしたら同じように不幸にしてしまうかもしれん。それに……」
「何?」
 首を傾げるシエルに、ゼロは腕を組んだまま顔を向ける。
「もっと言えば年齢が離れすぎてる。お前から見れば、オレは老いぼれだぞ」
「…………」
「まあ、お前が渋好みで年寄りの世話が好きだというなら止めはせんし、養ってもらいたいと言うならそれでもかまわん」
 そう言うと、ゼロは再び遠くを見つめる。
「ゼロ!」
 突然大声を出されて、ゼロは驚いてシエルに視線を戻した。
「私はね、ネオ・アルカディアでは科学者としてずっと一人で生きてきたわ。その一人で生きる力を持つ女が、養ってもらいたいとか、お年寄りの世話をしたいなんて願望だけでこんな事言うわけないでしょ!あなたのことが真剣に好きだから!ただそれだけよ!!」
 シエルは拳を握り締め、顔を真っ赤にして怒っている。
「それにね、別にあなたが私を幸せにしようなんて思う必要なんか全然ないわ!私とあなた、二人で一緒に幸せになればいいことだもの!」
「……………」
 勢いにのって叫んだことに少々バツが悪くなったのか、シエルは両手を胸の前で組むと、ゼロから視線をそらす。
「……ゼロの考えている幸せが何なのか、私はわからないけど……私はゼロがいてくれるだけで十分幸せよ」
「シエル……」
「それに…エックスは決して不幸じゃなかったと思う。あなたみたいな人が傍にいたから、あんないい子になったのよ。幸せだと思う時間や思い出が一つでもあれば……きっとその人生は幸せだと思う。たとえ苦労ばかりの人生でも、その思い出が心の支えになってくれるから」
「本当にいいのか…?」
 ゼロは仏頂面のまま表情は変わらないものの、内心はまだ迷っているようだった。
 それを聞いたシエルはこほんと咳払いを一つして、両手を腰に当てる。
「ゼロ。あなた、やたらと年齢差とか時間とか気にしてるみたいだけど、私はそうは思わないわ」
「………」
「恋人同士というのはね、ゼロ。時間や年月なんかじゃないわ!大事なのはどれだけ深ーく付き合ったかということよ!」
 再び元気が出てきたらしく、シエルはぐっと拳を握って、ずいっとゼロに迫る。
 シエルの勢いにゼロはただ唖然として、何も言えなかった。
 そんなゼロの様子などお構いなしに、シエルは必死に話続ける。
「ゼロ、一日を一年分の深さで付き合うのは面白いわよ」
 言いながら、シエルは目を輝かせる。
「三日で三年!十日で十年!そこらへんの恋人たちが吹っ飛ぶ愛の歴史じゃない!!」
 シエルはえばるように胸を張る。
 そしてゼロの手をぎゅっと握って、
「明日っから頑張りましょうね!」
と、力強く言った。
「あ、ああ……」
 ゼロは思わず頷いていた。
「……………」
「……………」
 二人の間に沈黙が流れる。
 次第にシエルは自分の顔が真っ赤になっていくのを自覚した。
「じゃ、じゃあ、私…パーティーに戻ってるから、ゼロも早く戻ってきてね」
 それだけ言うと、シエルは身を翻し、屋上を出て行く。
 ゼロは無言のまま、シエルの後姿を見送った。



 シエルはエレベーターに駆け込むと、降のボタンを押した。
 ドアが閉まると、シエルは壁に背をもたれ掛けさせて、ふうと一息つく。
「シエル」
「っ……?」
 突然聞こえた声に顔を上げると、セルヴォが反対側の壁際にもたれ掛っていた。
 うつむいたまま駆け込んで、そのままボタン操作をしていたので、全然気づかなかったのだ。
「セ、セルヴォ……どうしてここに?」
「気分転換に屋上に出ようとしたら、お前達がいたもんでな。出て行けずどうしようかとここで立ち往生していた」
「……………聞いてたの?」
「ああ。あんなに大きな声を出せば、ドアが閉まっていたって聞こえるさ」
 けっこうちゃちな造りだしな、とセルヴォはエレベーターの壁を叩く。
「〜〜〜〜〜っ」
 シエルは顔を真っ赤にしてうつむく。
 セルヴォはシエルの肩をぽんと叩いた。
「まあ、その……告白できて良かったな」
「でも…………」
 シエルはしゅんとする。
「告白できたのはいいけど………、どうして最後の最後であんなふうになっちゃうのかしら……」
 そう言いながら、シエルはエレベーターの壁に、指でのの字を書いている。
 セルヴォは、そんなシエルを見て苦笑する。
「ま、先は長いんだ。気楽にな……」
「変な女だと思われなかったかしら……恐い女だと思われなかったかな………」
 シエルは心配そうに呟くと、大きくため息をついた。



(面白いヤツだ)
 ゼロはふっと笑うと、夜空を仰ぎ見る。
 空には月が浮かんでいる。
 蒼い光を放つ月。
 蒼い月……ふとエックスの顔が脳裏に浮かぶ。
『シエルさん……あの人の気持ちに嘘偽りはないよ。どうか大切にしてあげてね。ボクは君が幸せになってくれるのが一番嬉しいから……』
 エックスの言葉が脳裏に甦る。
(過去に一番執着していたのは……オレだったのかもしれんな)
 そう思うゼロの口元に笑みが浮かぶ。

『いつも守ってもらうばかりでごめんね』
 
 遠い昔。
 振り返れば、いつでもそこにいたエックス。
 しかし、百年間眠っていた時間。
 それは永すぎる眠りだった。
 目覚めてみれば、自分を知るものはほとんどなく、エックスもまた自分の前から消えていった。
 自分だけが取り残されたような孤独感。
 だがそう思うとき、ゼロの脳裏にいつも思い浮かぶのは、決まってシエルの顔だった。
『私…頑張るわ。科学の力で世界を平和にしてみせるの』
 いつの間にか、振り向けばいつもそこにいた人間の少女。
 いつも前向きで、苦しくても笑顔を絶やさず、優しさと聡明さの中に生きる強さを持つ娘。

『あなたはゼロ……ゼロ以外の何者でもないわ』

 あのときシエルが言ってくれた言葉。
 正直、あの言葉ほど嬉しいものはなかった。

――オレはオレ自身でしかない。

 わかってはいるのだが、心のどこかで何かしら引っかかっていたもの。
 シエルの言葉はそれを払い去ってくれた。
 あのときわかった。
 自分がただ守っていただけだと思っていた存在。
 だが、自分はその存在に自分の心を救われていたのだと。
『今わの際に言ってやる』
 昔、自分はそうエックスに言った。結局、その言葉を言うことはなかったけれど。
 いつかシエルに自分の気持ちを素直に伝えられるのだろうか……。
 ゼロは静かに瞳を閉じる。
 人間もレプリロイドも、生きとしいけるものは、皆、時間に流されていく…身も心も……。
 そして、時間は二度と戻らない…。
 だが、ゼロは思う。
(オレにはオレの居場所……帰るべき場所、守るべき存在、仲間がある)
 百年の時間を超えて、生まれた新たな絆。
 シエル。
 そしてレジスタンスの仲間と、共に生きていこう。



 歩き始めた新しい時間が、今ここにある。





[ END ]

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Thank you for reading♪(^^)


自分が書くロクゼロ小説ではゼロとシエルというパターンが多いです。
あれだけゼロとシエルの絆をクローズアップされていると、
シエルが他の誰かとくっつくなんていうのは考えられないので。
『ロックマンゼクス』でもシエル(らしきガーディアンの初代司令官)は
ゼロとの約束を果たすために頑張っていた様子なので…。

タイトルの『Thank you for your love』は、『愛をありがとう』という意味ですが、
これはエックスがゼロに、そしてゼロがシエルに言ってる言葉だと
思ってやってください。

とりあえずロクゼロ3のエンディング後のゼロとシエルの話ということで、
ロクゼロ3における『シエルエンディング』という感じで読んでくださると嬉しいです。
4のお話は次の機会に(^^;)。


 


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