〜[ゼロとコピーエックス&ゼロとエックス] ロックマンゼロサイドストーリー15〜
蒼い光は、戦いに決着がつくと同時にいつのまにか消えていた。 ゼロは荒い息をつきながら、目の前に倒れているコピーエックスを見つめる。見るも無残な残骸と化したコピーエックスは、翼もボロボロに崩れ、顔も片目が破損し、内部の機械部分が丸出しになっていた。 「な………何故だ…」 まさに機械そのものの、無機質で金属音のような声が辺りに小さく響く。その声からは先ほどまでの傲慢さは感じられない。 「完璧なる…コピーのはずの…この…ボクが…何故…こんな、目に…」 今までコピーエックスを支えていた、強烈で、それでいて脆い自信と優越感。それらはすっかりなくなり、今のコピーエックスの姿は幼く、そして脆い心を持った子供そのものだった。 「ボクは……英雄じゃ…なかったの…か……」 「今、少しだけ思い出した…」 ゼロはちょっと間を置いてから口を開いた。 「あいつは、お前みたいに単純なヤツじゃない。いつも悩んでばかりの意気地なしだったさ…」 「やめ…ろ……あいつの…ことなんか……聞きたく…ない………」 コピーエックスはか細い声で呟く。 「なんで…みんな…あいつのことばかり……。ここにいるのはボクなのに……。なんで…ボクを見てくれないんだ………」 それは無機質ながらも、無限の孤独と悲しみを湛えた声だった。 ゼロの脳裏に、コピーエックスが見せた様々な姿が甦る。 自分こそが英雄だと誇らしげに自慢したコピーエックス。 エックスはもっと強かったと言ったとたん、態度が豹変したコピーエックス。 そして、ゼロに打ちのめされボロボロになったコピーエックス……。 (…そうだったのか) ゼロは、今やっと、コピーエックスの行動の意味を理解した。 (こいつは元々、エックスへのコンプレックスの塊みたいなヤツだったんだ) コピーエックス。本当は、四天王に守られ、彼らの愛情に包まれて何不自由なく育った、純真で心の優しいレプリロイドだったのかもしれない。 だが、周囲はこの無垢な存在に様々な重荷を背負わせた。 ネオ・アルカディアを統治すべく作られた英雄という重責。エックスの身代わりという枷。 『ここは、お前のようなゴミが足を踏み入れていい所ではないんだ。みのほどを死をもって知るがいい!』 エックスへの忠誠心ゆえに、ことあるごとにゼロを敵視したハルピュイア。 『拙者の命に…代えても…エックス様の…もと…には…。お主も…道づれにしてやる!』 自爆までして、過剰なまでにコピーエックスを守ろうとしたファントム。 エックス――コピーエックスを守護していた四天王。 その中でも、とりわけコピーエックスに執着していた二人の姿がゼロの脳裏に浮かぶ。 (…四六時中あんな連中に付き添われて、身代わりとして育ったんじゃ、たしかにエックスの存在が疎ましくなるだろうな) まるで飽きたオモチャを処分するかのように、大勢のレプリロイドを処分させた、コピーエックスの狂って壊れた心。 だが……。 (そもそもこいつがこんなふうになったのも、強大な力を持って生まれたからでも、権力を手にしたからでもないんだ) 恐らく最大の原因は、ハルピュイアたちの必要以上の干渉と愛情。それがコピーエックスの精神を圧迫していたのだろう。 コピーエックスまで失いたくない――エックスの身代わりとして生まれたコピーエックスを失うことを恐れた周りが、どれだけコピーエックスを大切にしたかはよくわかる。 常に寄り添い、守ろうとした、ハルピュイアたちにとっては当たり前の行為。 だが、それはいささか行き過ぎていたのかもしれない。 ハルピュイアの潔癖気味な態度からして、ハルピュイアが日頃どんなふうにコピーエックスに接していたか、容易に想像はつく。 過保護なまでの忠誠心と愛情――それが皮肉にも、コピーエックスの心を抑圧していったのだ。 ハルピュイアたちが優しいのは、自分がエックスの身代わりだからとコピーエックスは思い込み、やり場を失った心は抑圧されて歪んでいった。 エックスの身代わりという枷、ハルピュイアたちの呪縛から逃れようと、コピーエックスが選んだのは平和を維持すること。過保護すぎる守役から少しでも独立するために。周りに優越感を持つために。そして、エックスを蔑むために選んだ道。 自分は人形なんかじゃない。自分一人でなんだって出来る。自分は本物の英雄だ。 それを示すために、自分という存在を認めてもらうために、コピーエックスは平和の維持に執着した。 しかしコピーエックスはあまりにも幼く、世間を知らなさすぎた。無理もない。周りにいた誰もが教えようとしなかったからだ。 コピーエックスの人間第一主義で短絡的な政策は、ネオ・アルカディアを狂わせた。 『ボクは英雄』 『人間を守るのがボクの存在意義。ボクは英雄じゃなくちゃいけない』 『だって…英雄じゃなくなったら、ボクは…ボクは……』 先ほどコピーエックスが漏らした言葉。 ネオ・アルカディアの象徴、人間を守る英雄、そしてエックスであり続けることを強要されたコピーエックス。 怖かったのだろう。自分が英雄でなくなったら、エックスでなくなったら、自分は用無しになり、捨てられるのではないかと…。 だが………。 だからといって、大勢のレプリロイドを殺したことは許されることではない。 人間を守るために、レプリロイドに関しては優秀なレプリロイドだけを優遇。そうでないものはイレギュラーの嫌疑をかけ、イレギュラー処理施設に送り、スクラップとして処理。そしてレジスタンスへの弾圧、迫害。 コピーエックスがしてきたことは、あまりにもタチが悪すぎたのだから。 「お前とエックスは違う。あいつは……強かったが弱かった」 『助けたかったのに、また助けられなかった……倒すしかなかった……。ゼロ…、何故、戦わなくてはならないんだろう。ボクの力は……誰かを殺すためのものでしかないの? だとしたら、ボクは…ボクは……』 ゼロの脳裏に、戦うごとに、ハンターの使命に従いイレギュラーを処分するごとに、悲しみ悩んでいたエックスの姿がおぼろげに浮かび上がる。 『何しけた顔してる。お前の力は誰かを殺すためのものなんかじゃない。お前の力は平和を守るための力だ』 そう言って、自分はエックスの頭を撫でてやったものだ。 『ゼロ、ありがとう…そうだよね』 泣きながら笑ったエックスの笑顔が浮かぶ。 エックスは弱かった。 弱虫でいつも悩んでるが、頑張りやで……。 真摯に頑張ること。一生懸命になること。エックスはそれを自分に教えてくれた。 そして、自分はそんなエックスに教えてやった。 信じ合える喜び。強くなることの意味。そして奇跡は起こすものだと。 小さな体に宿命を背負い、頑張っていたエックス。その体に秘められた未知の力ゆえに、時には恐れられ、敵意を向けられても、それでもエックスはひたすら世界を守るために我が身を捧げた。ゼロがいなくなった、百年という永い時間の間もずっと……。 「…だからこそ、ヤツは英雄になれたんだ…」 感慨深げにゼロは目を閉じる。 コピーエックスはゼロを忌々しそうに睨みつけた。 「お前だけは…許せん…道連れに…して…や………………」 無機質な声が途切れる。 それが、オリジナルエックスの身代わりという枷をはめられ、周りの愛情に抑圧され、歪んだ哀れな存在――コピーエックスの最後の言葉だった。 その時、辺りが揺れ動き、警報が鳴り響く。 『最終防衛ラインXを突破サレマシタ。コレヨリエリアXヲ自爆サセ危険要因ヲ排除シマス』 「ちっ、間に合うか…」 ゼロは舌打ちすると、身を翻し、走り始める。 コピーエックスを中心に爆発が起こり、辺りが炎に包まれていく。 (オレはまだ死なない。生きる……生き抜いてみせる!) 走りながら、ゼロは心の中で強く思った。 『死なないで。おねがい…ゼロ…』 シエル。 『もっと君のために武器を作らせて欲しいんだ…だから生きて帰ってくるんだよ!』 セルヴォ。 『ゼロ、どこにも行かないで…私たちとずっとここにいてくれるよね?』 アルエット。 『あなたの帰るべき場所はここですからね! みんなで待っていますよ!』 ダンド。 『ゼロさんに助けてもらった恩は忘れません』 コルボー。 『ワシでよかったら、いつでも悩みくらいは聞いてやるぞ』 アンドリュー。 『つまり、そう…これからもずっとオレの友達でいてほしいって事だよ…』 イブー。 レジスタンスベースで、自分を待つ仲間たちの顔が次々と脳裏に浮かんでは消える。 (生きる。そして必ず皆のところへオレは帰る) そう思いながら、爆発の炎に包まれていくエリアXの廊下をゼロは必死に駆け抜ける。 だが、爆炎はゼロのすぐ後ろまで迫ってきていた。 ついに追いつかれ、目の前が炎に包まれる。 (これまでか…!) 死を覚悟した瞬間、ゼロの視界が光に包まれる。同時に意識が遠のく。 意識を失う直前、ゼロは自分の体が誰かに抱き締められ、守られているような感覚にとらわれた。 あれからどのくらいの時間が過ぎたのか……。 ゼロは自分が地面の上に倒れているのを感じていた。 体の痛みは感じない。戦いで受けた傷はいつのまにか癒えているようだった。だが、疲労のため、まだ起き上がることは出来ない。ゼロはただうつ伏せのまま、その身を休めていた。 そんなゼロの脳裏に誰かの声が聞こえてくる。 『君がボクを残し、この世界から姿を消してから…ボクは百年近く、たった一人でとほうもない数のイレギュラーと戦っていたんだよ…』 荒野に倒れているゼロの傍らに、蒼いサイバーエルフが現れる。ゼロにセイバーを託した蒼いサイバーエルフだ。 まだ起き上がれないゼロは、うつ伏せのまま、ただその声に耳を傾ける。 辺りに小さく響いた儚げな声。それはまぎれもないエックスの声だった。 『それは、辛く悲しい戦いの日々だった…しかし、何よりも悲しかったのはだんだん、何も感じなくなってくる自分の心だったんだ…』 サイバーエルフは泣き声にならないよう、抑えて低く呟いた。次第にその姿は光をまとった人型の姿――オリジナルエックスへと変わっていく。 今にも消え入りそうな外見。サイバーエルフのようだが、それは実体を持たない架空の、魂のようにも思えた。 『ゼロ、この世界の事は…しばらく君に任せたい。だから、このボクを…まだ…もう少しの間休ませてほしい…』 エックスは少し黙り込む。そして目を閉じて、悲しげに呟いた。 『…………ごめんね…』 そのままエックスはその姿が薄れていき、やがて溶けるように消えていった。 残されたゼロの耳に、荒涼とした風の音だけが聞こえる。 やがて倒れていたゼロはゆっくりとその身を起こした。起き上がると、先ほどまでエックスがいた場所を静かに見つめる。 「………………………仕方がないヤツだ…。…だが、そんなヤツだからこそ一緒に戦う事ができたんだったな…」 瞳を閉じる。その瞼に浮かんだのは、おぼろげながら覚えている、エックスと過ごした時間。過ぎ去りし日だった。 『ゼロ…! ゼロ…!』 記憶の中で、自分に笑いかけるエックスの笑顔が浮かぶ。 「……………」 ゼロの表情に一瞬陰りが見えた。まるで、エックスの悲しい日々を知らずに眠っていたことを悔やむように。 その時。 「……っ!」 ゼロは何かの気配を感じ、後ろを振り向く。 そこには、遥か向こうから、ゼロの追撃のために出撃したのであろう、敵の大群が続々とやって来ているのが見えた。 「わがままは聞いてやろう…しばらくは、オレに任せてゆっくり休め」 言いながら、ゼロはセイバーの柄に手をかける。その表情はいつものように無表情だったが、どこか優しさを感じさせた。 「オレは、悩まない。目の前に敵が現れたなら…叩き斬る…までだ!」 敵の大群が大挙してやって来る。 ゼロはセイバーを抜くと、勢いよく敵の大群に立ち向かっていった。 [ END ] Thank you for reading♪(^^) |